第百二號哨戒艇の艇歴

 年 月 日:艇歴

T08.09.09:起工 T09.03.04:進水、命名:「Stewart」(DD-224) T09.09.15:竣工、船主:米海軍、船種:驅逐艦
T09.09.15:艦長:海軍大尉 Scott Grisell Lamb T10.12.09:艦長:海軍中佐 Halsey Powell T11.05.11:艦長:海軍少佐 Howard Blaine Mecleary T11.07.20:艦長:海軍少佐 Norman Reeve Van der Veer T13.06.25:艦長:海軍少佐 Charles Lewis Best T15.--.--:艦長:海軍少佐 Carleton Fanton Bryant 03.09.30:艦長:海軍少佐 Ryland Dillard Tisdale 04.10.31:艦長:海軍中佐 Laurance Sprague Stewart 05.05.17:艦長:海軍少佐 Samuel Power Jenkins 07.06.25:艦長:海軍少佐 Carleton Fanton Bryant 09.05.09:艦長:海軍少佐 John Boyd Mallard 12.08.29:艦長:海軍少佐 Ralph Orson Myers 14.05.06:艦長:海軍少佐 Donald Sidley Evans 15.05.18:艦長:海軍少佐 Harold Page Smith 17.02.22:放棄命令 17.02.24:破壊準備命令 17.03.01:日本軍機の爆撃で直撃弾を受ける 17.03.01:自沈処分
17.03.01:沈没 17.03.25:除籍
喪失場所:N.-E. スラバヤ軍港浮船渠内 喪失原因:自沈処分
18.06.15:命名:達第145号:「第百二號哨戒艇」 18.06.15:類別等級制定:内令第1212号:種別:哨戒艇、艦型:なし 18.06.15:本籍:内令第1205号:呉鎮守府 18.06.15:戦時編制:聯合艦隊南西方面艦隊第二南遣艦隊 18.06.15:哨戒艇長:海軍豫備大尉 水谷 保 18.07.01:哨戒艇長:海軍大尉 水谷 保 18.09.01:出渠 18.09.21:艤装完了、第百二海軍工作部より引渡し 18.09.22:第百二海軍工作部岸壁横付け、艇内大掃除消毒 18.09.23:乗員艇内移住 18.09.25:需品搭載 18.09.26:重油搭載 18.09.27:清水搭載 18.09.28:スラバヤ〜港外にて公試運転〜09.28スラバヤ 18.09.30:重心試験 18.10.01:第百二海軍工作部岸壁横付け 18.10.03:軍隊区分:東印部隊電令作第145号:第二警備部隊 18.10.04:第二警備部隊電令作第112号:準備完了次第バリクパパンに回航すべし 18.10.05:爆雷搭載(九五式改一、改二、九一式) 18.10.06:糧食搭載 18.10.11:スラバヤ〜港外にて兵装公試〜10.11スラバヤ 18.10.12:弾薬搭載 18.10.16:第二警備部隊電令作第144号:第百二號哨戒艇は   18日スラバヤ発、日榮丸並に健洋丸をバリクパパン迄護衛すべし 18.10.18:(「健洋丸」「日榮丸」護衛)スラバヤ〜10.20バリクパパン 18.10.20:清水、重油補給 18.10.20:第二警備部隊電令作第152号:      1.20日1000トラックに向け発の吾妻丸、玄洋丸を東経121度迄護衛、速かに帰投すべし      2.第三十六號第三十七號驅潜特務艇は第一項の間接護衛に任じ成るべく速かに帰投すべし 18.10.20:(「吾妻丸」「玄洋丸」護衛)バリクパパン〜      〜10.20 1629(S01.24-E117.35)敵潜水艦を発見〜      〜10.20 1632 爆雷投射6個〜      〜10.20 1642 爆雷投射6個〜   〜10.20 ---- 爆雷投射3個〜      〜10.21 1506(N01.24-E120.26)敵潜水艦から雷撃を受けるが被害なし〜      〜10.21 1509 爆雷投射4個〜   〜10.21 15-- 爆雷投射2個〜      〜10.21 1545 敵潜水艦を探知捕捉攻撃〜      〜10.21 1820 敵潜水艦を探知捕捉攻撃〜      〜10.21 1900 護衛を止め帰途に就く〜       〜10.22バリクパパン 18.10.23:重油、清水、爆雷補給48個(九五式爆雷改二38個、九一式爆雷10個) 18.10.24:第二警備部隊電令作第160号:第百二號哨戒艇は        仮修理完了次第出動N00.45-E118.06に於て健洋丸と会合、バリクパパン迄護衛すべし       現場着を25日1800予定 18.10.25:バリクパパン〜特設運送船健洋丸」護衛〜10.25バリクパパン 18.10.26:清水補給 18.10.27:清水補給 18.10.29:第二警備部隊電令作第165号:第百二號哨戒艇は       30日マカッサルに向けバリクパパン発たるしま丸をマカッサル北西水道入口迄        護衛したる後、帰投すべし 18.10.30:(「たるしま丸」護衛)バリクパパン〜      〜10.30 1750(S02.43-E116.57)敵潜水艦を探知〜      〜10.30 1753 爆雷投射6個〜      〜10.30 1820 爆雷投射6個〜      〜11.01バリクパパン 18.11.01:重油、清水搭載 18.11.03:第二警備部隊電令作第172号:第百二號哨戒艇は   5日1000スラバヤ向けバリクパパン発さんとす丸をセラタン岬南4浬迄護衛すべし 18.11.04:第二警備部隊電令作第173号:       第二警備部隊電令作第172号さんとす丸護衛艦を第四號驅潜艇に、       第百二號哨戒艇は5日0800頃北緯01度30分東経120度05分付近に於てあけぼの丸と会合、       バリクパパン迄護衛すべし 18.11.04:バリクパパン〜      〜11.05 特設運送船あけぼの丸」を護衛〜      〜11.06バリクパパン 18.11.06:重油、清水搭載 18.11.06:第二警備部隊電令作第24号:第百二號哨戒艇は  6日1300出動しバリクパパン、タラカン間の対潜掃蕩を実施すべし       右任務中第二警備隊新旧司令便乗す、以下略 18.11.06:バリクパパン〜対潜掃蕩〜11.07タラカン 18.11.08:便乗者1名乗艇 18.11.08:第二警備部隊電令作第177号:第百二號哨戒艇は       速に地点北緯00度25分東経119度45分に至り端午丸攻撃の敵潜を撃滅すべし 18.11.08:タラカン〜      〜11.08 2230 「端午丸」遭難現場着〜      〜11.09 0118 「端午丸」遭難者が「第四十一號驅潜特務艇」から乗艇〜      〜11.09 0240(N00.24-E119.43)探知〜      〜11.09 0247 爆雷投射8個〜      〜11.09 0900 補給のためバリクパパンに向かう〜      〜11.09バリクパパン 18.11.09:便乗者及び遭難者退艇 18.11.09:第二警備部隊電令作第179号:       第五號驅潜艇、第四十一號驅潜特務艇は現任務を打切り、       第百二號哨戒艇はバリクパパンにて補給後、速に出動、       マカッサル海峡浮上北上中敵潜水艦を補足撃滅すべし       水上偵察機約四機協力せしむ、以下略 18.11.10:バリクパパン〜      〜11.10 0700 ウイリアム灯台の300度17浬の地点に達するも敵情を得ず〜      〜11.10 1600(S00.54-E119.26)敵情を得ず〜      〜11.11 0145 サウスウオッチャ島の135度4,000mにて雷撃2本を受け             右推進器に1発が触接(不発)〜   〜11.11 0153 爆雷投射8個〜   〜11.11 0358 爆雷投射8個〜   〜11.11 ---- 爆雷投射8個〜      〜11.11 0800 爆雷投射3個〜      〜11.11バリクパパン 18.11.12:重油、清水、九五式爆雷改一54個搭載 18.11.13:便乗者乗艇 18.11.13:第二警備部隊電令作第187号:第百二號哨戒艇は       14日0000バリクパパン発、丹後丸、星斗丸をスラバヤ迄護衛後       同地に於て敵魚雷に依る損害その他の修理を実施すべし 18.11.14:(「星斗丸」「丹後丸」護衛)バリクパパン〜11.16スラバヤ 18.11.16:便乗者退艇 18.11.17:第百二海軍工作部第二岸壁に横付け      第百二海軍工作部第一船渠にて入渠 18.11.22:出渠、第百二海軍工作部第一岸壁に横付け 18.12.01:軍隊区分:東印部隊電令作第187号:      1.第百二號哨戒艇を第二警備部隊より除き主隊に編入、      2.第百二號哨戒艇は当分の間第二警備部隊指揮官の指揮を受け現任務を続行すべし 18.12.01:第二南遣艦隊電令作第208号:第百二號哨戒艇を旗艦に指定す 18.12.04:第百二海軍工作部第一船渠にて入渠 18.12.13:出渠、第百二海軍工作部第一岸壁に横付け      重油、清水搭載 18.12.14:弾薬搭載 18.12.15:第二警備部隊電令作第216号:第百二號哨戒艇は       15日マカッサルに向けスラバヤ発丹後丸をラウト島の南端迄護衛すべし 18.12.15:(「丹後丸」護衛)スラバヤ〜      〜12.17 1000 ラウト島南端にて特設驅潜艇第二昭南丸」に護衛を引き継ぐ〜      〜12.17バリクパパン 18.12.18:重油、清水搭載 18.12.18:第二警備部隊電令作第221号:第百二號哨戒艇は左の任務に従事すべし      1.19日0630昭南向けバリクパパン発聖川丸をアールバンク迄直接護衛      2.19日1200スラバヤ向けバリクパパン発大峰丸並に        19日1700頃ジャカルタより入港予定のwm丸、北辰丸、        マカッサルより入港の億洋丸を間接護衛 18.12.19:(「聖川丸」護衛)バリクパパン〜      〜12.19 アールバンク角にて護衛終了〜      〜12.19バリクパパン 18.12.19:第二警備部隊電令作第222号:第百二號哨戒艇は       20日0800スラバヤに向けバリクパパン発~國丸をアールバンク迄直接護衛並に       20日1600パレンバンよりペリリューンに入港予定の山水丸の間接護衛に任ずべし 18.12.20:(「~国丸」護衛バリクパパン〜      〜12.20 アールバンク角にて護衛終了〜      〜12.20バリクパパン 18.12.21:第二警備部隊電令作第225号:第百二號哨戒艇は       21日午後便宜出動し主としてマンカリハット岬付近の対潜掃蕩実施の上タラカンより南下       富士山丸、第三小倉丸、松祐丸(第六號驅潜艇護衛)と会合、バリクパパン迄護衛に協力       すべし 以下略 18.12.21:バリクパパン〜対潜掃蕩〜      〜12.22 1600 対潜掃蕩終了、護衛任務に向かう〜      〜12.23 「第六號驅潜艇」と共同し特設運送船富士山丸」、第三小倉丸」、          海軍配當船松祐丸」をマンカリハットより護衛〜      〜12.23バリクパパン 18.12.24:九五式爆雷改二32個、重油、清水搭載 18.12.25:第二警備部隊電令作第229号:第百二號哨戒艇は       27日0800出動、バリクパパン、アールバンク間の対潜掃蕩を実施しつつ左の間接護衛に任じ       1900帰投すべし      1.0800昭南商港に向けバリクパパン発白馬丸、天城山丸      2.0900アンボンに向けバリクパパン発億洋丸(第百六號掃海特務艇護衛)      3.1300スラバヤよりバリクパパンに入港~國丸 18.12.26:第二警備部隊電令作第231号:第百二號哨戒艇は       29日1500バリクパパン発あけぼの丸を北緯5度東経128度付近まで       富士山丸、~國丸を北緯6度8分東経129度24分迄護衛したる後パラオに於て補給すべし 18.12.27:バリクパパン〜対潜掃蕩〜12.27バリクパパン 18.12.28:重油、清水搭載 18.12.29:第二警備部隊電令作第233号:第二警備部隊電令作第231号を取消す 第百二號哨戒艇は29日0730バリクパパン発あけぼの丸、富士山丸、~國丸を       北緯05度00分東経128度00分迄護衛       02日0700頃同地点にて日榮丸、旭東丸の護衛を早波より引継ぎアールバンク迄護衛すべし 18.12.29:(船団護衛)バリクパパン〜      〜01.02(N05.00-E128.00)驅逐艦「早波」と会合、船団を交換し          特設運送船日榮丸」、特設運送艦旭東丸」の護衛を開始〜      〜01.04 1001 味方水上偵察機1機飛来し潜航中の敵潜水艦を発見の信号を受信〜      〜01.04 1100(N00.21-E119.45)船団と分離し水上偵察機の先導により現場着〜 〜01.04 1100 爆雷投射6個〜      〜01.04 1230 爆雷投射4個〜      〜01.04 1300 爆雷投射4個〜      〜01.05バリクパパン 19.01.05:重油、清水搭載 19.01.07:九五式爆雷改二10個。爆雷、糧食、清水搭載 19.01.07:第二警備部隊電令作第242号:第百二號哨戒艇は       08日1700トラックに向けバリクパパン発のク八〇三船団(日本丸國洋丸、健洋丸)を護衛       パラオ附近に於て早波に引継ぎパラオ方面司令官所定に依り日章丸の護衛を濱波より       引継べし 19.01.08:清水、糧食搭載 19.01.08:(ク803船団護衛)バリクパパン〜      〜01.12 1230(N12.38-E131.51)護衛を驅逐艦「早波」、同「島風」に引継ぐ〜      〜01.13パラオ 19.01.13:重油、清水搭載 19.01.14:(「日章丸」護衛)パラオ〜      〜01.18 対潜戦闘:爆雷投下6個〜      〜01.19バリクパパン 19.01.19:重油、清水搭載 19.01.19:第二警備部隊電令作第249号:第百二號哨戒艇は 20日0700バリクパパン発昭南行香久丸並にスラバヤ行日章丸をアールバンク迄護衛すべし 19.01.20:(「香久丸」護衛)バリクパパン〜      〜01.20 アールバンクにて護衛終了〜      〜01.20バリクパパン 19.01.21:清水搭載 19.01.21:第二警備部隊電令作第254号:第百二號哨戒艇は 22日1330スラバヤに向けバリクパパン発足摺、興川丸をプチン角迄護衛すべし 19.01.22:(「足摺」「興川丸」護衛)バリクパパン〜      〜プチン角にて護衛終了〜      〜01.25バリクパパン 19.01.25:重油、清水搭載 19.01.25:第二警備部隊機密第112780番電:第四號驅潜艇及第百二號哨戒艇は28日0600夫々タラカン及び       バリクパパン発トリトリ派遣隊と協力左の要領に依りマカッサル海峡北口の対潜掃蕩を実施       30日1300迄に帰投すべし       1.第四號驅潜艇:サミット燈台マンカリハット灯台間幅20浬       2.第百二號哨戒艇:サウスウオッチャ、ストローメン岬間幅20浬       3.水上機隊:右地域を含む海峡北口一帯 19.01.26:清水搭載 19.01.28:バリクパパン〜      〜01.28 1300 爆雷威嚇投射7個〜      〜01.30 帆船臨検〜      〜02.01 マカッサル海峡にて対潜掃蕩〜      〜02.02バリクパパン 19.02.02:九五式爆雷改二24個、重油、清水搭載 19.02.04:糧食搭載 19.02.06:重油、清水搭載 19.02.06:第二警備部隊電令:第百二號哨戒艇並に第四號驅潜艇は        準備出来次第急速タラカンに進出しY作業隊指揮官の命を受け行動すべし       タラカン着を7日1900と予定とす 19.02.06:バリクパパン〜02.07タラカン 19.02.07:重油、清水搭載 19.02.07:Y作業隊指揮官機密第323番電:      1.作業飛行機隊は速にボンガオ基地に進出すべし      2.第百二號哨戒艇は8日0800タラカン出撃、基地物件、銃隊2個小隊をボンガオに        揚陸したる後、第四號驅潜艇と共同し敵潜水艦掃蕩を実施 19.02.08:タラカン〜02.08ボンガオ 19.02.09:ボンガオ〜対潜掃蕩〜帆船臨検〜02.10ボンガオ 19.02.11:ボンガオ〜02.11タラカン 19.02.11:重油、清水搭載 19.02.13:糧食搭載 19.02.13:タラカン〜02.14ボンガオ 19.02.14:便乗者退艇 19.02.14:ボンガオ〜02.15クダツ02.15〜02.16ザンボアンガ 19.02.17:ザンボアンガ〜対潜掃蕩〜02.19クダツ 19.02.19:便乗者乗艇 19.02.19:クダツ〜02.20タラカン 19.02.20:重油、清水搭載 19.02.20:タラカン〜02.21バリクパパン 19.02.21:重油、清水搭載 19.02.23:糧食搭載 19.02.24:清水搭載 19.02.29:重油、清水、糧食搭載 19.02.29:第二警備部隊電令作第290号:      1.第百二號哨戒艇は01日1000バリクパパン発オ一〇二船団、はあぶる丸並那須山丸        (02日1600北緯01度35分東経118度43分にて分離タラカン行)をパラオ迄護衛したる後        ネ二船団(03日パラオ発)護衛に任ずべし        荒埼オ一〇二船団護衛に協力す      2.第三十六號哨戒艇は那須丸山船団分離迄護衛に協力し爾後那須山丸をタラカン湾口迄        護衛し速に帰投すべし 19.03.01:第二警備部隊機密第011235番電:       第二警備部隊電令作第290号に依る船団のバリクパパン発を後令まで延期 19.03.03:清水、糧食搭載 19.03.04:第二警備部隊機密第041740番電:       1.第百二號哨戒艇は05日1000バリクパパン発、はあぶる丸をパラオ迄、        ネ二船団(12日パラオ発予定)をバリクパパン迄護衛すべし      2.水偵隊ははあぶる丸船団マンカリハット岬北七十浬附近通過まで対潜警戒に任ずべし        マンカリハット岬通過6日1200と予定す      3.第百六號掃海特務艇はマンカリハット北10浬まで、        荒埼はパラオ迄、はあぶる丸船団護衛に協力 19.03.04:第二警備部隊電令作第294号:第百六號掃海特務艇は       05日1000バリクパパン発はあぶる丸船団をマンカリハット岬北10浬まで護衛に協力し       爾後マンカリハット岬付近の対潜哨戒を実施しタラカンまで護衛に協力すべし       那須山丸マンカリハット岬通過06日1700と予定す、以下略 19.03.05:(「はあぶる丸」護衛)バリクパパン〜      〜03.06 マンカリハット岬10浬にて「第百六號掃海特務艇」が護衛を終了〜      〜03.06 海軍配當船那須山丸」が船団より分離〜      〜03.07 0330(N02.06-E119.37)敵潜水艦2隻を探知〜      〜03.07 0342 爆雷攻撃8個〜      〜03.09 2336(N04.06-E128.24)雷撃2本を受け1本が艦橋後部に命中(不発)被害なし〜      〜03.09 2342 爆雷攻撃4個〜      〜03.12パラオ 19.03.12:重油、清水搭載 19.03.14:工作艦明石」により被雷箇所調査 19.03.15:(「北上丸」「荒埼」護衛)パラオ〜03.18ダバオ 19.03.18:糧食搭載 19.03.18:第二警備部隊電令作第311号:      1.第百二號哨戒艇はダバオに於て補給終了後速にタラカンに回航        待機中の安城丸、那須山丸、星斗丸をバリクパパン迄護衛すべし、行動予定を通達すべし      2.以下略 19.03.19:ダバオ〜対潜掃蕩〜03.21タラカン 19.03.21:重油、清水搭載 19.03.21:第二警備部隊電令作第316号:第四號驅潜艇は現任務終了後、       23日0700頃マンカリハット岬附近に於て南下中の那須山丸、安城丸、星斗丸、       (第百二號哨戒艇)護衛に会合、バリクパパン迄護衛に協力すべし 19.03.22:(「那須山丸」「星斗丸」「安城丸」「昭南丸」護衛)タラカン〜      〜03.22 2240(N01.42-E118.38)雷撃を受け、爆雷攻撃4個〜      〜03.23 0059 爆雷攻撃4個〜   〜03.23 0300 船団を追尾〜      〜03.24バリクパパン 19.03.24:第二警備部隊電令作第319号:      1.第百二號哨戒艇は25日0730昭南に向けバリクパパン発旭東丸をアールバンク迄護衛すべし      2.水偵隊はバリクパパン、アールバンク間上が前路哨戒を実施すべし 19.03.25:(「旭東丸」護衛)バリクパパン〜      〜03.25 ア−ルバンクにて護衛終了〜      〜03.25バリクパパン 19.03.28:清水搭載 19.03.28:第二警備部隊電令作第322号:      1.第百二號哨戒艇は29日1830パラオに向けバリクパパン発國洋丸、玄洋丸        (濱波、早波、干珠護衛)30日2200迄護衛に協力したる後、        セレベス沿岸対潜掃蕩を実施しつつ帰投すべし      2.以下略 19.03.29:重油、清水、糧食搭載 19.03.29:第二警備部隊電令作第324号:      1.第百二號哨戒艇は國洋丸船団護衛後、要すればタラカンにて補給の上、        タウイタウイ島待機中の洲埼、鹽屋をバリクパパン迄護衛すべし        以下略 19.03.29:(「國洋丸」「玄洋丸」護衛)バリクパパン〜      〜03.30 護衛終了、船団から分離〜      〜03.31 対潜掃蕩〜   〜03.31シアミル 19.03.31:糧食搭載 19.03.31:第二警備部隊機密第310915番電:第百二號哨戒艇は       洲埼船団と便宜ザンボアンガ、マンカリハット間にて会合バリクパパン迄護衛のことに       改む 19.04.01:シアミル〜   〜04.01(N02.50-E120.32)運送艦洲埼」、同「鹽屋」の護衛を開始〜      〜04.02バリクパパン 19.04.04:重油、清水搭載 19.04.06:第二警備部隊電令作第337号:第百二號哨戒艇は       07日1000に出動し08日1600タラカン発那須山丸をバリクパパン迄護衛すべし       バリクパパン着を10日午前と予定す       第百六號掃海特務艇は第百二號哨戒艇長の指揮を受け那須山丸を護衛すべし 19.04.07:バリクパパン〜対潜掃蕩〜04.09タラカン 19.04.09:(「那須山丸」護衛)タラカン〜      〜04.10 0114(N00.07-E117.42)敵潜水艦を探知〜      〜04.10 0137 爆雷攻撃9個〜      〜04.10 0218 爆雷攻撃9個〜      〜04.11バリクパパン 19.04.11:重油、清水搭載 19.04.11:第二警備部隊電令作第343号:      1.第百二號哨戒艇及び第百六號掃海特務艇は第百二號哨戒艇長指揮下        13日1000バリクパパン発じゃんび丸、武嚴丸をザンボアンガ迄護衛すべし      2.以下略 19.04.12:第二警備部隊電令作第345号:敵潜水艦15日0400セレベス北岸ボンド湾チナホガン沖に於て       民船より生糧品補給方前約しありとの情報を得たり      1.第百二號哨戒艇、第百六號掃海特務艇は第二警備部隊電令作第343号の行動中        じゃんび丸、武嚴丸をブラウ河口に避泊せしめ右地点に急行、敵潜水艦捕捉撃滅すべし      2.16日0700に至るも敵情を得ざれば第二警備部隊電令作第343号の任務を続行すべし      3.以下略 19.04.13:第三警備部隊電令作第97号:      1.トリトリ作戦方針:敵潜水艦入泊後攻撃開始、以下略 19.04.13:(「じゃんび丸」「武嚴丸」護衛)バリクパパン〜04.15トリトリ 19.04.14:第二警備部隊電令作第346号:      1.第百二號哨戒艇は第二警備部隊電令作第345号の作戦終了後        18日0400マヌクマンカ島(シブツ海峡)西3浬に於て鹽屋に会合、        之をバリクパパン迄護衛すべし      2.第百六號掃海特務艇は作戦終了後、第二警備部隊電令作第343号の任務を続行すべし 19.04.15:第二警備部隊指揮官電令第31号:電令作第346号を左の通り改む       第百二號哨戒艇は電令作第345号の任務終了後、じゃんび丸船団護衛を続行       ザンボアンガに待機中の鹽屋をバリクパパン迄護衛すべし 19.04.15:菲島部隊電令作第269号:は       16日マニラ発の八重山、鹽屋をシブシ海峡まで護衛       18日1400マヌクマンカ島西3浬に於て鹽屋の護衛を第百二號哨戒艇に引継たる後       マニラに帰投せよよ 19.04.16:(「じゃんび丸」「武嚴丸」護衛)トリトリ〜04.16タラカン 19.04.16:重油、清水搭載 19.04.17:(「じゃんび丸」「武嚴丸」護衛)タラカン〜04.19ザンボアンガ 19.04.19:清水搭載 19.04.19:第二警備部隊電令作第348号:第百二號哨戒艇は現任務終了後       21日1400マヌクマンカ島西3浬に於て鹽屋に会合、之をバリクパパン迄護衛すべし 19.04.21:第二南遣艦隊機密第211525番電:      1.第一警備部隊、第二警備部隊指揮官は04月27日までに第百四號哨戒艇及び第百二號哨戒艇        をマニラに派遣し竹船団護衛に関しYIB、濠北部隊指揮官の指揮を受けしむべし      2.以下略 19.04.21:第二警備部隊電令作第33号:第百二號哨戒艇は       タラカンに於て燃料補給後、便宜出港、第二南遣艦隊機密第211525番電の任務に従事すべし 19.04.21:ザンボアンガ〜      〜04.21 運送艦「鹽屋」の護衛を開始〜      〜04.21ホロ04.22〜04.22ボンガオ 19.04.23:ボンガオ〜04.24タラカン      19.04.24:重油、清水搭載 19.04.24:タラカン〜04.26マニラ 19.04.26:重油搭載 19.04.27:清水搭載 19.04.28:菲島部隊機密第282009番電:第百二號哨戒艇は       04月29日0100マニラ発概ね日没頃まで津軽の護衛に任じたる後マニラに帰投せよ 19.04.28:濠北部隊電令作第72号:濠北部隊左に依り竹船団護衛を実施      1.竹船団護衛に関し濠北部隊指揮下に入らしめられたる部隊中、        第百二號哨戒艇、第百四號哨戒艇、濱風は第六警備部隊、        九三二空派遣水偵隊は九三四空部隊指揮官の指揮を受くべし      2.第六護衛船団艦艇は指揮下の兵力及第六警備部隊指揮官派遣兵力を指揮し        船団の直接護衛に任ずべし      3.以下略 19.04.28:(「津軽」護衛)マニラ〜      〜04.28(N13.35-E120.05)敷設艦津輕」の護衛を終了〜      〜04.29マニラ 19.04.29:重油搭載 19.05.01:(竹船団護衛)マニラ〜      〜05.04 海軍配當船じゃんび丸」が船団から分離〜      〜05.06 1402 驅逐艦「藤波」が潜水艦発見〜      〜05.06 1402 陸軍徴傭船「亞丁丸」、同「但馬丸」、同「天津山丸」被雷〜      〜05.06 1408 「第百四號哨戒艇」が掃蕩開始、本艇は護衛続行〜       〜05.06 1452(N02.42-E124.07)敵潜水艦を探知補足〜   〜05.06 1500 爆雷攻撃9個〜      〜05.06 1518 爆雷攻撃9個〜       〜05.07バンカ泊地 19.05.08:(竹船団護衛)バンカ泊地〜      〜05.08 1555(N01.24-E125.44)敵潜望鏡を発見、爆雷攻撃3個〜      〜05.08 1800 「第三十八號驅潜艇」と共に掃蕩続行〜      〜05.09 0605 敵潜制圧を止め船団を追尾〜      〜05.09ワシレ 19.05.10:ワシレ〜05.10カウ 19.05.11:九五式爆雷改一10個、仮称二式爆雷改一11個搭載 19.05.11:カウ〜05.11ワシレ 19.05.12:南西部隊電令作第356号:東印部隊指揮官は       第百二號哨戒艇及第百四號哨戒艇をして南西部隊電令作第381号に依る任務終了後       引続き船団護衛に関し菲島部隊指揮官の指揮を受けしむべし 19.05.13:(竹船団護衛)ワシレ〜05.20マニラ 19.05.21:マニラ〜05.21キャビテ 19.05.22:糧食搭載  19.05.23:清水搭載 19.05.24:重油搭載 19.05.27:キャビテ〜05.27マニラ 19.05.28:(H27船団護衛)マニラ〜      〜05.31(N06.26-E120.26)威嚇投射〜      〜05.31ホロ 19.05.31:清水搭載 19.06.01:(H27船団護衛)ホロ〜06.03バンカ泊地06.04〜反転〜06.05バンカ泊地 19.06.06:生糧品搭載 19.06.07:(H27船団護衛)バンカ泊地〜06.08ワシレ 19.06.09:重油搭載 19.06.10:「白金山丸」に横付け清水搭載 19.06.11:(H27船団護衛)ワシレ〜      〜06.12 驅逐艦」、「第三十八號驅潜艇」が分離ダバオに向かう〜      〜06.14 1003(N04.33-E122.23)「廣安丸」が米潜水艦"Rasher"(SS-269) の雷撃を受ける〜      〜06.15 1005 陸軍徴傭船「廣安丸」沈没〜      〜06.15 1007 爆雷攻撃4個〜      〜06.15 1012 爆雷攻撃2個〜      〜06.15ホロ 19.06.15:清水搭載 19.06.17:(H27船団護衛)ホロ〜06.20マニラ 19.06.20:マニラ〜06.20キャビテ 19.06.21:糧食搭載 19.06.25:清水搭載 19.06.26:爆雷、弾薬陸揚 19.06.27:第百三海軍工作部浮船渠にて入渠 19.07.03:出渠、第百三海軍工作部第二岸壁に横付け 19.07.28:貯料品搭載 19.07.31:弾薬、爆雷搭載 19.08.09:東印部隊電令作第305号:      1.第百二號哨戒艇、第百四號哨戒艇、第三號驅潜艇は夫々原隊復帰        第一警備部隊、第二警備部隊指揮官は右艦艇の第一海上護衛隊司令官指定の地に派遣        護衛に関し同官の指揮を受けせしむべし      2.第三號掃海特務艇を第四警備部隊に復帰す 19.08.09:第二警備部隊電令作第39号:第百二號哨戒艇は       第一海上護衛隊司令官の指揮を受け作戦に従事すべし 19.08.11:菲島部隊電令作第269号:      1.第百二號哨戒艇及第百四號哨戒艇は修理工事終了次第原隊復帰すべし      2.第三號驅潜艇は菲島部隊電令作第449号に依る護衛任務続行、マニラ帰投後原隊復帰すべし 19.08.21:重油搭載 19.08.22:キャビテ〜自差修正〜08.22マニラ 19.08.23:糧食搭載 19.08.23:マニラ〜      〜08.24 「仁洋丸」護衛〜       〜08.24マニラ 19.08.25:清水搭載 19.08.27:(マモ02船団護衛)マニラ〜08.27スービック08.28〜08.30高雄(左営) 19.08.31:重油補給 19.09.01:対空戦闘 19.09.03:高雄〜      〜09.03 馬公沖にて船団に合同、護衛を開始〜      〜09.04基隆 19.09.04:重油、清水、糧食搭載 19.09.05:(タモ25船団護衛)基隆〜09.10門司 19.09.11:門司〜09.11呉 19.09.14:清水搭載 19.09.18:貯料品搭載 19.09.19:呉〜09.19向島 19.09.20:向島船渠第三船渠にて入渠 19.09.28:出渠 19.09.28:向島〜09.28呉 19.--.--:二十五粍二聯装機銃1基、同単装機銃6基、十三粍単装機銃4基新設工事      九四式投射機1基、八一式投射機1基、九三式水中聴音機1基新設工事      仮称電波探知機1基新設工事 19.10.01:重油搭載 19.10.03:呉〜10.03部埼10.04〜10.04門司 19.10.06:重油搭載 19.10.07:門司〜10.09三池10.15〜10.15橘湾10.16〜10.16佐世保 19.10.18:(ミ23船団護衛)佐世保〜      〜10.18 1736 伊万里湾仮泊〜      〜10.19 0705 仮泊地発〜      〜10.19 1430(N33.03-E128.48)「第三十八號海防艦」と協同、爆雷攻撃〜      〜10.21 1710 船団に合同〜      〜10.22 1246 桂花園沖に仮泊〜      〜10.23 0715 桂花園沖出港〜      〜10.24 1100 臨時配當船雲仙丸」、特設運送船廣田丸」、陸軍徴傭船陽海丸」を護衛し             船団から分離〜      〜10.24 1450(N26.32-E120.28)敵潜望鏡を発見、爆雷攻撃〜      〜10.24 1705 船団に合同〜   〜10.25左営 19.10.25:爆雷搭載 19.10.26:第一海上護衛隊機密第261104番電:       春風、呉竹、第二十號驅潜艇、第三十八號哨戒艇、第百二號哨戒艇及び第二十五號海防艦       (揚陸後)は速にN19.30-E120.40に急行、第二十一驅潜隊司令の指揮を承け輸送船4       (人員約7,000名)の救難、敵潜掃蕩に任ずべし 19.10.26:左営〜      〜10.27(N19.30-E120.40)現場着、附近に遭難者なし〜      〜10.28(N18.32-E119.35)驅逐艦」、呉竹」より被雷船「大博丸」の護衛を継承          「第三十八號哨戒艇」と共に護衛開始〜      〜10.29ラポック10.30〜10.30サンフェルナンド 19.10.30:第一海上護衛隊機密第301845番電:第三十八號哨戒艇、第百二號哨戒艇は       先任艇長之を率い速にサンフェルナンド発帰航しつつ途中、在カミギン島サンピオクイン湾       遭難者残全部を収容の上、高雄に回航すべし 19.10.31:サンフェルナンド〜10.31カミギン島 19.10.31:遭難者婦女子145名収容 19.10.31:カミギン島〜11.01高雄 19.11.01:高雄〜11.01左営11.02〜11.02高雄 19.11.03:第一海上護衛隊機密第031232番電:      1.春風、第六號海防艦、第三十八號哨戒艇、第百二號哨戒艇、第三十號驅潜艇は        春風艦長指揮の下に準備出来次第、高雄出撃、バタン島西方海面に進出、敵潜掃蕩に任ず      2.右掃蕩隊は掃蕩海面附近着迄(第三十號驅潜艇はボデドール岬迄)タマ三一C船団を護衛 19.11.03:高雄〜      〜11.04 1707(N20.10-E121-41)驅逐艦「春風」被雷、後檣より後部切断、航行不能〜      〜11.05 0100 対潜掃蕩を止め驅逐艦「春風」を曳航の「第三十八號哨戒艇」を護衛〜   〜11.06(N22.30-E120.00)護衛を止めホ04船団の護衛に向かう〜   〜11.06(N23.00-E119.21)反転、高雄に向かう〜      〜11.07左営 19.11.07:左営〜11.07高雄 19.11.08:新浜岸壁横付け 19.11.09:第一海上護衛隊機密第092016番電:第三十八號哨戒艇、第百二號哨戒艇は       第三十八號哨戒艇長指揮の下に明朝成るべく速に高雄発       右の通り行動、葉の護衛強化に任じたる後、タマ三一B船団に復帰すべし、以下略 19.11.10:高雄〜      〜11.10 2250 舵機故障〜      〜11.11左営 19.11.12:左営岸壁横付け 19.11.13:左営〜      〜11.13 タマ31B船団と合同、護衛に就く〜      〜11.13 1257 海口仮泊〜      〜11.13 1726 海口抜錨〜      〜11.13 2326 海口仮泊〜      〜11.14 海口発〜      〜11.16サブタン11.17〜11.18ムサ11.18〜11.18クリマオ11.19〜      〜11.19サンチャゴ 19.11.19:2300(N16.47-E120.15)グラマンTBF27機と交戦 19.11.20:(タマ31B船団護衛)サンチャゴ〜11.20サンフェルナンド11.20〜      〜11.21(N15.16-E119.54)雷撃を受け直ちに爆雷攻撃〜      〜11.21マニラ 19.11.21:第一海上護衛隊機密第211615番電:      1.第一、第一〇、第一四運航指揮官は第三十八號哨戒艇並第百二號哨戒艇に便乗        高雄に帰投すべし      2.第三十八號哨戒艇、第百二號哨戒艇はマニラ着後、至急補給の上、前項運航指揮官を収容        先任艇長指揮の下に掃蕩しつつ速に高雄に帰投すべし、以下略 19.11.22:マニラ〜11.22マニラ 19.11.22:第一海上護衛隊機密第221421番電:第一海上護衛隊機密第211615番電を取消す      1.第三十八號哨戒艇、第百二號哨戒艇はさんとす丸指揮官の指揮を受け        同船高雄迄の護衛に任ずべし、        右回航の途、第一、第一〇、第一四運航指揮班員乗船せしむ、以下略 19.11.23:(マタ34船団護衛)マニラ〜      〜11.25 0115(N20.14-E121.50)「第三十八號哨戒艇」が被雷轟沈、             特設運送船さんとす丸」被雷〜      〜11.25 0115 「第三十三號驅潜艇」と制圧〜      〜11.25 特設運送船「さんとす丸」沈没〜      〜11.25 2015 遭難者救助中止〜      〜11.26左営 19.11.26:驅逐艦「春風」右舷に横付け      弾薬、二式爆雷爆雷32個搭載 19.11.27:左営〜11.27高雄 19.11.28:新浜岸壁「第百三十四號海防艦」右舷に横付け 19.11.30:高雄〜11.30左営沖 19.12.01:(ヒ83船団護衛)左営〜12.03楡林 19.12.04:楡林〜      〜12.05 特設運送船みりい丸」曳航の「誠心丸」を護衛〜       〜12.06ツーラン 19.12.06:「誠心丸」の護衛を終了 19.12.06:ツーラン〜12.07楡林 19.12.07:海軍配當船東亞丸」の左舷に横付け      重油、清水搭載 19.12.08:楡林〜12.09キノン12.10〜12.13昭南 19.12.17:第一海上護衛隊機密第172015番電:第百二號哨戒艇、新井埼は       速に聖雀に回航タサ18船団加入船中、良榮丸あまと丸を昭南に護衛すべし       船団をサシ36船団とし右加入船はなし得る限りヒ84船団(24日昭南発)に加入せしむ 19.12.18:昭南〜12.20タマソウ島12.21〜12.23ジョホール12.23〜12.23昭南 19.12.25:昭南〜航空母艦海鷹」飛行機揚収作業〜12.25昭南 19.12.26:(ヒ84船団護衛)昭南〜12.29聖雀 19.12.29:特設運送船「みりい丸」に横付け 19.12.29:(ヒ84船団護衛)聖雀〜12.30バンフォン湾12.31〜12.31キノン湾01.01〜      〜01.02ツーラン01.02〜      〜01.03 香港南西310km付近で特設運送船「みりい丸」が磁気機雷に触雷〜      〜01.04香港東龍角01.05〜01.05南澳島01.05〜01.09舟山島01.10〜01.13門司(第七号岸壁) 20.01.14:門司〜01.14呉(D八番浮標) 20.01.15:乙錨地に繋留替え
20.02.05:戦時編制:聯合艦隊第十方面艦隊第二南遣艦隊 20.02.09:呉海軍工廠第四船渠にて入渠       三式探信儀二型甲改一装備、九三式探信儀撤去工事       仮称二號二型電波探信儀装備工事 20.02.24:出渠、乙錨地繋船堀横付け 20.03.05:弾薬搭載 20.03.08:弾薬搭載 20.03.12:一番浮標に繋留替え      第二ポンツーンに繋留 20.03.13:呉〜03.13小泊03.14〜03.14門司(第五岸壁) 20.03.17:軍隊区分:佐鎮護衛部隊作戦指揮下 20.03.17:門司〜03.18佐世保(佐世保海軍工廠第四号岸壁横付け) 20.03.24:立神に繋留替え 20.--.--:四十口径三年式八糎高角砲2門新設、鹵獲七.五糎砲2門撤去工事、   九六式二十五粍二聯装機銃3基、同単装機銃2基新設工事、       一米五高角測距儀1基新設、一米測距儀1基撤去工事、      三式手動七十五糎探照燈一型改一1基新設、鹵獲六十糎探照燈1基撤去工事、      発射ブザー6個、高聲電話12個、九九式音響測深儀六型1基、二號無線電話機1台、      一穴三型無線電話1台、八糎双眼望遠鏡4個、六糎高角望遠鏡2個、七倍稜鏡双眼鏡5個新設 20.03.25:佐世保〜03.25富江 20.03.25:佐世保鎮守府信電令作第70号:      1.佐鎮信電令作第62号を取消す      2.朝顔、第百二號哨戒艇は若宮山丸鹿島丸を護衛し佐世保に回航すべし      3.第百四十五號及第百四十六號輸送艦は特令する迄佐世保に於て待機せよ 20.03.25:富江〜03.25鉢小島 20.03.26:恵美壽湾に転錨 20.03.31:鉢小島に転錨 20.04.01:鉢小島〜04.01佐世保(立神七番浮標) 20.04.06:(サシ02船団護衛)佐世保〜04.06福江04.07〜04.07城山浦04.08〜04.08飛揚島04.09〜      〜04.09西帰浦04.10〜04.10摹瑟峯04.10〜04.12泗礁山(外馬郎山の8,245m) 20.04.25:転錨(外馬郎山の60度3,300m) 20.04.26:(シモ03船団護衛)泗礁山〜       〜04.27 2220(N33.48-E122.57)驅逐艦朝顔」が敵浮上潜水艦を発見、砲撃、爆雷投射〜      〜04.27 2245 対空戦闘:PBM 3機と交戦、             八糎高角砲26発、二十五粍機銃877発、十三粍機銃40発発射〜      〜04.27 2247 PBMより小型爆弾5個投下、前部至近弾30m乃至50m及機銃甲板掃射を受ける             舵索切断、操舵不能〜      〜04.28 0035 爆雷威嚇投射4個〜      〜04.28 0125 掃蕩を打切り船団に合同〜      〜04.28 0510 海防艦宇久」、「第二十九號掃海艇」が掃蕩を止め合同〜      〜04.28 0717 「第二十六號海防艦」が雷跡を発見〜      〜04.28 0801 海防艦崎戸」「第四十一號海防艦」が合同〜   〜04.29 ---- 甲島仮泊〜      〜04.29 ---- 仮泊地発〜      〜04.30 0344 蛇梁島仮泊      〜04.30 1300 仮泊地発〜      〜05.01 0215 海防艦屋代」、同「崎戸」が分離〜      〜05.01 1855 油谷湾に避泊〜      〜05.02 ---- 避泊地発〜      〜05.02 1052 船団の編成を解き護衛終了〜      〜05.02門司 20.04.30:艦隊区分:第二南遣艦隊電令第671号:附属より除く 20.04.30:軍隊区分:東印部隊電令作第596号:主隊より除く
20.04.30:戦時編制:大海幕機密第608号ノ240:呉鎮守府部隊 20.04.30:呉鎮守府電令作第6号:第百二號哨戒艇は所在地発呉に回航すべし 20.05.01:哨戒艇長:海軍少佐 水谷 保 20.05.02:門司〜05.02呉(D八番浮標) 20.05.05:1400 甲錨地に繋留替え 20.05.07:三式探信儀二型甲改一修理(05.10まで) 20.05.09:九六式二十五粍単装機銃架台修理工事(05.15まで) 20.05.10:仮称三式一号電波探信儀三型新設工事(05.28まで)      二式爆雷改二6個搭載 20.05.11:軍隊区分:呉鎮電令第11号:呉海上防備部隊 20.05.17:0800 呉防備戦隊司令官の将旗を掲揚 20.05.19:軍隊区分:呉防備戦隊電令作第28号:主隊 20.06.02:魚雷落射台両舷2基計4基新設工事 20.06.07:貯糧品搭載 20.06.08:二式爆雷改二72個搭載 20.06.09:重油搭載 20.06.10:清水搭載 20.06.11:呉〜06.11佐伯 20.06.11:1801 大入島守後岸壁に係留 20.06.15:爆雷陸揚 20.06.30:哨戒艇長:海軍大尉 竹下 義政 20.06.30:大入島守後岸壁に係留中
20.08.15:残存 20.09.05:哨戒艇長:海軍少佐 竹下 義政
20.10.29:米海軍で再就役:DD-224 20.10.29:艦長:海軍少佐 Harold Huntington Ellison 21.04.01:類別等級削除:軍令第1号(自然消滅) 21.04.15:艦長:海軍少尉 Russell W. Dudley 21.04.17:米海軍除籍 21.05.24:サンフランシスコにて標的として処分
22.05.03:除籍:複二第327号

同型艇

 Clemson, Dahlgren, Goldsborough, Semmes, Satterlee, Mason, Graham, Abel P. Upshur, Hunt, 
 Welborn C. Wood, George E. Badger, Branch,Herndon, Dallas, Chandler, Southard, Hovey, 
 Long, Broome, Alden, Smith Thompson, Barker, Tracy, Borie, John D. Edwards, Whipple, 
 Parrott, Edsall, Macleish, Simpson, Bulmer, McCormick, Pope, Peary, Pillsbury, John D. Ford,
 Truxtun, Paul Jones, Hatfield, Brooks, Gilmer, Fox, Kane, Humphreys, McFarland,
 James K. Paulding, Overton, Sturtevant, Childs, King, Sands, Williamson, Reuben James, 
 Bainbridge, Goff, Barry, Hopkins, Lawrence, Belknap, McCook, McCalla, Rodgers, 
 Osmond Ingram, Bancroft, Welles, Aulick, Turner, Gillis, Delphy, McDermut, Laub, McLanahan,
 Edwards, Greene, Ballard, Shubrick, Bailey, Thornton, Morris, Tingey, Swasey, Meade,
 Sinclair, McCawley, Moody, Henshaw, Meyer, Doyen, Sharkey, Toucey, Breck, Isherwood, Case,
 Lardner, Putnam, Worden,Flusser, Dale, Converse, Reid, Billingsley, Charles Ausburn, 
 Osborne, Chauncey, Fuller, Percival, John Francis Burnes, Farragut, Somers, Stoddert, 
 Reno, Farquhar, Thompson, Kennedy, Paul Hamilton, William Jones, Woodbury, S. p. Lee, 
 Nicholas, Young, Zeilin, Yarborough, La Vallette, Sloat, Wood, Shirk, Kidder, Selfridge,
 Marcus, Mervine, Chase, Robert Smith, Mullany, Coghlan, Preston, Lamson, Bruce, Hull, 
 Macdonough, Farenholt, Sumner, Corry, Melvin, Litchfield, Zane, Wasmuth, Trever,Perry,
 Decatur, Hulbert, Noa, William B. Preston, Preble, Sicard, Pruitt。

兵装

(新造時)
 Mk IX 五十口径4インチ砲4門、Mk XIV 3インチ高角砲1門、21インチ三聯装発射管4基、
 爆雷投下軌条2。

(整備完成時)
 75粍高角砲2門、12.7粍単装機銃2基、6.5粍単装機銃、小銃、
 一米測距儀1基、六十糎探照燈1基、
 九四式投射機1基、爆雷装填台三型1基、
 投下台2基、爆雷(九一式、九五式爆雷改一、改二)
 九三式探信儀1基。

(19.10)
 75粍高角砲2門、12.7粍単装機銃2基、6.5粍単装機銃、小銃、
 九六式二十五粍二聯装機銃1基、同単装機銃6基、九三式十三粍単装機銃4基、
 一米測距儀1基、六十糎探照燈1基、
 九四式投射機2基、爆雷装填台三型2基、八一式投射機1基、爆雷装填台一型1基、
 投下台2基、二式爆雷、
 九三式探信儀1基、九三式水中聴音機1基、
 仮称電波探知機1基。

(20.03)
 四十口径三年式八糎高角砲2門、小銃、
 九六式二十五粍二聯装機銃4基、同単装機銃8基、九三式十三粍単装機銃4基、
 一米五高角測距儀1基、三式手動七十五糎探照燈一型改一1基、
 九四式投射機2基、爆雷装填台三型2基、八一式投射機1基、爆雷装填台一型1基、
 投下台2基、二式爆雷、
 三式探信儀二型甲改一1基、九三式水中聴音機1基、
 仮称電波探知機1基、仮称二號二型電波探信儀1基。

(20.05)
 四十口径三年式八糎高角砲2門、小銃、
 九六式二十五粍二聯装機銃4基、同単装機銃8基、九三式十三粍単装機銃4基、
 一米五高角測距儀1基、三式手動七十五糎探照燈一型改一1基、
 九四式投射機2基、爆雷装填台三型2基、八一式投射機1基、爆雷装填台一型1基、
 投下台2基、二式爆雷72個、
 三式探信儀二型甲改一1基、九三式水中聴音機1基、
 仮称電波探知機1基、仮称二號二型電波探信儀1基、三式一号電波探信儀三型1基。

(最終時)
 四十口径三年式八糎高角砲2門、
 九六式二十五粍二聯装機銃4基、同単装機銃8基、
 一米五高角測距儀1基、三式手動七十五糎探照燈一型改一1基、
 九四式投射機2基、爆雷装填台三型2基、八一式投射機2基、爆雷装填台一型2基、
 投下台2基、二式爆雷、魚雷落射台4基、
 三式探信儀二型甲改一1基、九三式水中聴音機1基、
 仮称電波探知機1基、仮称二號二型電波探信儀1基、三式一号電波探信儀三型1基。

写真資料

 雑誌「丸Graphic Quarterly」潮書房 No.17「写真集 日本の小艦艇」(P.132)
 雑誌「世界の艦船」海人社 1995年5月号増刊「アメリカ駆逐艦史」(P.51)
 「歴史群像」学習研究社 太平洋戦史シリーズ45 真実の艦艇史 (P.127,133-156)
 「写真日本海軍全艦艇史」 潟xストセラーズ H06.12 福井静夫 (2665-2666)
 「日本海軍艦艇写真集 駆逐艦」ダイヤモンド社 H17.10 呉市海事歴史科学館(P.203)
 「帝国軍艦スチュワート」成山堂書店 S53.12 大久保貫之(P.5,18,28.39)
 "Naval History and Heritage Command" Catalog #:80-G-356625, 80-G-356627, 80-G-356629,
         80-G-356630, 80-G-356631, 80-G-360951, 80-G-462567, 80-G-356625, 80-G-496014,
         80-G-702830, 80-G-702831, 80-G-702832, 80-G-702833, 80-G-702834,
     NH 61731, NH 67242, NH 86206 
 "NavSouece Online"(http://www.navsource.org/archives/05/224.htm)
 "http://navyworld.narod.ru/dd9.htm#DD-224"

備考

  1. 艦艇研究家の田村俊夫氏は「真実の艦艇史」の中で八一式投射機を整備完成時に1基と推定している。また6.5mm機銃を三年式としているが戦時日誌でみる限り三年式という記述はない。爆雷については83個を最大数としているが消耗と補給の月日や型式を含めて計算すると78個くらいが最大ではないかと思われる。米艦時代は21インチ四聯装発射管4基としているが、Norman FriedmanのU.S. Destroyersをはじめ、同型艦の写真からも三聯装4基12門と思われる。
  2. 戦時日誌/戦闘詳報や「帝国軍艦スチュワート」に書かれているような敵潜水艦撃沈の事実はない。

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