隼の艇歴

 年 月 日:艇歴

09.12.19:起工 09.11.24:命名:達第201号:「隼」(ハヤブサ) 09.11.24:類別等級制定:内令第495号:種別:水雷艇、艇型:鴻型 09.11.24:本籍仮定:内令第494号:横須賀鎮守府 09.--.--:信号符字改正:達第 号:JXAA 10.10.28:進水 11.07.22:艤装員長:海軍少佐 宮内 新一 11.12.07:本籍:内令第489号:横須賀鎮守府 11.12.07:竣工
11.12.07:水雷隊編制:内令第490号:第一水雷隊、本籍:横須賀鎮守府 11.12.07:役務:内令第489号:警備兼練習水雷艇、舞鶴要港部附属      練習のことに関しては海軍機關學校長の指揮をうけしめらる 11.12.07:水雷艇長:海軍少佐 宮内 新一 12.12.01:水雷艇長:海軍少佐 石井 永 13.09.26:水雷艇長:海軍大尉 井内 四郎 13.12.15:水雷艇長:海軍少佐 荒井 靖夫 14.11.15:水雷艇長:海軍大尉 馬越 正博 14.12.01:本籍変更:内令第 号:舞鶴鎮守府 15.04.24:水雷艇長:海軍大尉 平佐田 休
15.11.15:戦時編制:支那方面艦隊第二遣支艦隊附属海南島根據地隊第一水雷隊 15.11.15:水雷隊編制:内令第834号:第一水雷隊
16.04.10:戦時編制:支那方面艦隊海南警備府部隊第一水雷隊 16.09.10:水雷艇長:海軍大尉 富田 敏彦 16.12.01:信号符字改正:達第369号:JWGP 17.01.02:三亞〜護衛及び哨戒〜01.05三亞 17.01.06:三亞〜護衛任務〜01.07三亞 17.01.09:三亞〜海南海峡〜01.13三亞 17.01.15:三亞〜01.16三亞 17.01.18:三亞〜01.19三亞 17.01.25:カムラン〜01.28三亞 17.01.30:三亞〜西沙群島〜02.02三亞 17.02.10:水雷隊編制:内令第253号:第一水雷隊解隊
17.02.10:戦時編制:大海幕機密第571号ノ8:支那方面艦隊海南警備府部隊 17.02.11:海南部隊電令作第49号:02.12三亞発海口方面に至り海南海峡方面の封鎖及び海上警戒任務 17.02.12:三亞〜移動哨戒〜02.12洋浦 17.02.16:三亞〜移動哨戒〜02.16後水 17.02.18:海南部隊電令作第52号:陸軍輸送船満壽丸外5隻を海南海峡通過迄、護衛任務 17.02.18:後水〜02.18馬裊02.19〜02.19海口 17.02.24:海口〜02.25後水 17.02.26:海南部隊電令作第53号:陸軍輸送船乾雲丸を海南海峡通過迄護衛、終了後三亞帰投 17.02.27:後水〜陸軍徴傭船「乾雲丸」護衛〜02.28三亞 17.03.02:三亞〜03.02三亞 17.03.10:三亞〜 17.03.18:海南部隊電令作第57号:03.18三亞発海南海峡方面の封鎖及び警戒任務 17.03.18:三亞〜 17.03.19:海南部隊電令第87号:04.01香港第二工作部に入渠、出渠後海口に帰投し、      海南海峡方面の封鎖及び警戒任務 17.03.20:三亞〜「北隆丸」「大昭丸」護衛〜03.20海口 17.03.20:海南部隊電令第88号:速やかに馬公に回航、入渠修理の上、三亞に帰投 17.03.25:海口〜移動哨戒〜 17.03.27:海口〜馬公03.28〜 17.04.10:軍隊区分:機密海南部隊命令第13号:削除
17.04.10:戦時編制:聯合艦隊南西方面艦隊第一海上護衛隊 17.04.10:艦隊区分:第二聯隊(2)第二小隊 17.04.10:軍隊区分:第二護衛部隊 17.04.--:三亞〜04.16馬公 17.05.01:(第701船団護衛)馬公〜05.03マニラ 17.05.05:(第801船団護衛)マニラ〜05.08馬公 17.05.07:軍隊区分:第一護衛部隊 17.05.14:(第209船団護衛)馬公〜05.20六連 17.05.25:六連〜05.25呉 17.05.--:呉海軍工廠にて修理 17.06.--:艦隊区分:第一部隊(3)第一小隊(1) 17.06.03:(特船団護衛)六連〜06.09マニラ 17.06.10:軍隊区分:第一護衛部隊 17.06.16:(B船団護衛)マニラ〜06.20馬公 17.06.22:(第225船団護衛)馬公〜06.26六連 17.06.--:六連〜呉 17.07.05:呉〜07.05六連 17.07.08:(第135船団護衛)六連〜07.13馬公 17.07.17:(第235船団護衛)馬公〜07.27佐世保 17.07.--:砲煩修理 17.08.06:佐世保〜08.06六連 17.08.07:(第146船団護衛)六連〜08.12馬公 17.08.14:(第249船団護衛)馬公〜08.19六連 17.08.23:(第154船団護衛)六連〜08.28馬公 17.09.01:(第256船団護衛)馬公〜09.04佐世保 17.09.--:入渠修理 17.09.22:佐世保〜09.23六連 17.09.26:(第167船団護衛)六連〜10.01馬公 17.10.--:艦隊区分:艦船番号(15) 17.10.05:(第340船団護衛)馬公〜10.11聖雀 17.10.10:水雷艇長:海軍大尉 酒匂 雅三 17.10.12:軍隊区分:第二護衛部隊 17.10.18:(第444船団護衛)聖雀〜10.24馬公 17.10.27:(第344船団護衛)馬公〜11.01聖雀 17.11.06:(第536船団護衛)聖雀〜11.08昭南 17.11.15:(第645船団護衛)昭南〜      〜11.17 0700 船団を先行させ「日東丸」遭難点(N06.30-E106.30)の15浬圏内を捜索〜      〜11.17 1700 捜索を打切り船団を追及〜      〜11.18聖雀 17.11.23:(第452船団護衛)聖雀〜12.01馬公 17.12.01:軍隊区分:西護衛隊 17.12.01:(第352船団護衛)馬公〜12.10聖雀 17.12.10:艦隊区分:艦船番号(15) 17.12.10:軍隊区分:西護衛隊 17.12.13:(第457船団護衛)聖雀〜12.19馬公 17.12.22:馬公〜12.22高雄 17.12.24:(第357船団護衛)高雄〜12.30聖雀 18.01.06:(第463船団護衛)聖雀〜01.16高雄 18.01.17:軍隊区分:東護衛隊 18.01.20:高雄〜01.20馬公 18.02.05:馬公〜02.05高雄 18.02.09:高雄〜対潜掃蕩〜02.11馬公 18.02.12:(陸軍輸送船団護衛)馬公〜02.16呉淞 18.02.23:(陸軍輸送船団護衛)呉淞〜02.26高雄 18.02.28:(陸軍輸送船団護衛)高雄〜03.07パラオ 18.03.05:水雷艇長:海軍大尉 濱崎 長太郎 18.03.11:(陸軍輸送船団護衛)パラオ〜      〜03.11 1630(N07.45-E134.13)敵潜探知、飛行機と協力爆雷攻撃〜      〜03.17高雄 18.03.20:軍隊区分:西護衛隊 18.03.22:(第379船団護衛)高雄〜陸軍徴傭船「北光丸」故障の為反転〜03.22高雄 18.03.24:(第379船団護衛)高雄〜03.29聖雀 18.04.01:艦隊区分:艦船番号(14) 18.04.01:軍隊区分:西支隊 18.04.04:(第3601船団護衛)聖雀〜04.08マニラ 18.04.09:軍隊区分:東支隊 18.04.12:マニラ〜敵潜掃蕩〜04.14マニラ 18.04.15:(第842船団護衛)マニラ〜04.19高雄 18.04.22:(第254船団護衛)高雄〜04.27門司 18.05.02:(第153船団護衛)門司〜05.06高雄 18.05.09:(第260船団護衛)高雄〜05.15舞鶴 18.05.15:入渠 18.06.01:水雷艇長:海軍少佐 濱崎 長太郎 18.06.17:舞鶴〜港外〜06.18舞鶴 18.06.19:舞鶴〜06.20門司 18.06.22:(第169船団護衛)門司〜      〜06.24 1120(N28.45-E127.03)運送艦大瀬」被雷小破〜      〜06.27高雄 18.06.28:(第276船団護衛)高雄〜07.03門司 18.07.05:第一海上護衛隊電令第192号:護衛区分改正      1.一七三(特に7日に改む)隼、第三十六號哨戒艇及び四班        一七四(10日臨時Eを取止む、但し富士丸、鴨緑丸を含む七一船団(佐渡)と            同行の上、発航、高雄冲にて分離す)早苗と七班        一七五(10日)朝顔呉竹及び十班      2.二七九(二日繰下げ7日とす)並に北京丸 18.07.07:(第173船団護衛)門司〜07.13高雄 18.07.19:(第761船団護衛)高雄〜07.23マニラ 18.07.31:(第916船団護衛)マニラ〜      〜08.03 1715(N09.45-E117.30)爆雷攻撃12個〜      〜08.08バリクパパン 18.08.01:軍隊区分:電令作第93号:廃止、直率 18.08.09:(第2605船団護衛)バリクパパン〜08.15パラオ 18.08.15:艦隊区分:機密第一海上護衛隊法令第20号:廃止、艦船番号:(22) 18.08.20:(第2508船団護衛)パラオ〜08.26バリクパパン 18.08.29:(第011船団護衛)バリクパパン〜09.04マニラ 18.09.07:(第866船団護衛)マニラ〜09.12馬公 18.09.15:(第204船団護衛)馬公〜09.21門司 18.09.24:(第101船団護衛)門司〜09.30高雄
18.10.01:戦時編制:聯合艦隊南西方面艦第三南遣艦隊 18.10.06:(第772船団護衛)高雄〜10.10マニラ 18.10.17:(第871船団護衛)マニラ〜10.20高雄 18.11.09:菲島部隊電令作第115号:H船団の護衛区分:H三 16日発 19.01.10:(臨時船団護衛)昭南〜01.21マニラ 19.02.13:菲島部隊電令作第136号:H船団の護衛区分:H一九 隼、第百三號哨戒艇 19.02.24:菲島部隊電令作第140号:H船団の護衛区分:H一九 第百三號哨戒艇(ザンボアンガ迄        第八號掃海特務艇、第二十四號驅潜特務艇、ザンボアンガ以後菲南部隊各艦協力 19.03.09:菲島部隊電令作第150号:       H船団の護衛区分左の通定む(船団番号、護衛艦、マニラ発予定日)       H二二 隼、第三十號掃海艇 十八日 19.03.10:水雷艇長:海軍大尉 大久保 伸次 19.03.13:大久保大尉着任、濱崎少佐退任 19.03.20:(H22船団護衛)マニラ〜      〜03.22 1116 「第三十號掃海艇」が爆雷攻撃〜      〜03.23 1530 バシラン海峡にて「第三十號掃海艇」が特設驅潜艇第十二京丸」に護衛を引継ぐ〜      〜03.24 ---- 特設運送船新京丸」、陸軍徴傭船辨加拉丸」被雷沈没〜      〜ダバオ 19.04.01:菲島部隊電令作第251号:       H二二船団はサンギ島南方を経てカウに直行せよ 19.04.01:(H22船団護衛)ダバオ〜ザンボアンガに向い避退の途次反転〜04.03カウ 19.04.05:(M16船団護衛)ワシレ〜      〜04.05 1916 船団から分離〜      〜04.17 0725 タマ16船団に合同、護衛開始〜      〜04.17 1550 特設砲艦木曾丸」、「第三十九號驅潜特務艇」が護衛に加入〜      〜04.19マニラ 19.05.26:菲南部隊電令作第102号:       1.隼は二十六日二四〇〇ザンボアンガ発接岸航行、柳河丸慶安丸を護衛しダバオに回航 19.05.26:(船団護衛)ザンボアンガ〜05.28ダバオ 19.06.04:南西部隊電令作第394号:       隼はあさなぎ丸(荷役未完了の場合は第二永洋丸)護衛速かにカウ湾に回航すべし 19.06.12:軍隊区分:聯合艦隊電令作第141号:渾部隊 19.06.16:軍隊区分:南西部隊電令作第423号:渾部隊編制解除、NSAB編入      〜09.01 0849 ヒ七三船団に合同〜      〜09.01 0900(N15.00-E116.00)特設運送船護國丸」、同「香久丸」、             陸軍徴傭船吉備津丸」、運送艦伊良湖」を護衛しヒ七三船団から分離〜      〜09.01マニラ 19.09.04:菲島部隊電令第493号:      1.C〇六八船団は09月06日0600マニラ発セブに回航すべし      2.船団:A慶安丸、三笠丸、玄海丸、圖洋丸、第十七福榮丸、蟠龍           B洛東丸あやぞの丸        船団部隊指揮官:最上丸艇長        護衛艦:最上丸、第百三號哨戒艇、照風丸、隼(協力)      3.隼はモンポグ水道付近まで右船団を護衛後マニラに帰投すべし      4.第百三號哨戒艇、照風丸はセブ着後マニラに帰投すべし      5.最上丸はセブ着後第三南遣艦隊機密命令第71号に依る作業に協力、作業終了次第        マニラに帰投すべし      6.以下略   (* 実際には第十七福榮丸、蟠龍は随行せず別の1隻が加入しC〇六七船団として出港) 19.09.06:(C067船団護衛)マニラ〜09.08セブ
19.09.24:沈没 19.12.10:類別等級削除:内令第1333号 19.12.10:除籍:内令第1340号
喪失場所:N13.00-E122.00 ミンドロ島南方 喪失原因:米機動部隊艦載機による空爆

同型艇

 

兵装

(新造時)
 四十五口径十一年式十二糎砲3門、毘式四十粍単装機銃1基、
 十一年式軽機関銃1挺、三八式歩兵銃30挺、十四年式拳銃8丁、
 六年式三聯装発射管1基、六年式五十三糎魚雷3本、七十五糎探照燈1基、
 九四式投射機1基、爆雷装填台三型1基、
 爆雷水圧投下装置三型2基、爆雷手動投下台一型4基、爆雷18個、
 大掃海具三号1組、同二号1.5組。

(S19.11.22)
 四十五口径三年式十二糎砲2門、九六式二十五粍二聯装機銃3基、同単装5基、
 六年式三聯装発射管1基、六年式五十三糎魚雷3本、七十五糎探照燈1基、
 八一式投射機6基。

写真資料

 雑誌「丸スペシャル」潮書房 No.39「水雷艇」 (P.5,36-41)
 雑誌「丸Graphic Quarterly」潮書房 No.20 「写真集 日本の小艦艇(続)」(P.35)
 雑誌「世界の艦船」海人社 1992年7月号増刊「日本駆逐艦史」(P.141)
 雑誌「世界の艦船」海人社 2013年1月号増刊「日本駆逐艦史」(P.150)
 「写真日本海軍全艦艇史」 潟xストセラーズ H06.12 福井静夫 (2505-2506)
 「日本海軍艦艇写真集 駆逐艦」ダイヤモンド社 H17.10 呉市海事歴史科学館(P.188)
 「新造船写真史」 S56.07 三菱重工業株式会社横浜造船所(P.68)
 "ONI 222-J The Japanese Navy" (P.75-76)
 "ONI 41-42 Japanese Naval Vssels"(P.245)
 "Naval History and Heritage Command" Catalog #:NH 77704

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