護國丸の船歴

 年 月 日:船歴

14.07.31:起工、優秀船舶建造助成施設第123号 17.04.02:進水、命名:興國丸 17.--.--:改名:護國丸 17.07.27:徴傭 17.08.04:竣工
17.08.10:内令第1486号:特設巡洋艦、呉鎮守府所管と仮定 17.08.10:艤装員長:海軍大佐 水野 孝吉 17.08.15:艤装員事務所を三井造船株式會社玉工場に設置し、事務を開始 17.09.02:艤装員事務所を撤去
17.09.25:入籍:内令第1785号:特設巡洋艦、呉鎮守府所管 17.09.25:戦時編制:聯合艦隊附属 17.09.25:艦長:海軍大佐 水野 孝吉 17.10.02:艤装工事完了 17.10.02:玉〜10.02呉 17.10.14:軍隊区分:先遣部隊 17.10.21:呉〜10.30昭南 17.11.05:昭南〜11.06彼南11.14〜11.16昭南 17.11.22:軍隊区分:聯合艦隊電令作第293号:南西方面艦隊       (潜水戦隊への補給任務兼通商破壊) 17.12.02:昭南〜12.12ラバウル 17.12.10:軍隊区分:聯合艦隊電令作第413号:一時南東方面部隊 17.12.--:軍隊区分:第八艦隊 17.12.--:軍隊区分:マダン攻略部隊:歩兵第四十二、第二十一聯隊、野戦高射砲第五十八大隊、      第六飛行場設営隊、道路隊、通信隊など3,724名輸送 17.12.16:ラバウル〜      〜12.18 マダン沖にてB-17Eより船首近辺に直撃弾を受ける〜      〜12.18マダン 17.12.18:揚陸−一部物件を残す 17.12.19:マダン〜12.20ラバウル12.25〜01.02呉 18.01.10:呉〜01.11釜山 18.01.12:(丙一号輸送)釜山〜01.17パラオ 18.01.19:(丙一号輸送)パラオ〜      〜01.21 1050 驅逐艦「春雨」が護衛に就く〜   〜01.21ウエワク 18.01.21:第二特別根據地隊他揚陸 18.01.21:(丙一号輸送)ウエワク〜      〜01.22 0100 驅逐艦「春雨」が護衛を終了〜      〜01.27佐世保 18.01.30:佐世保〜01.31青島 18.02.04:(丙三号輸送第一輸送隊)青島〜02.10パラオ02.17〜02.22ウエワク 18.02.--:第四十一師団揚陸 18.02.23:(丙三号輸送第一輸送隊)ウエワク〜      〜02.23 0530 驅逐艦「朝雲」が船団から分離〜   〜02.26パラオ〜      〜02.28スラバヤ      (歩兵第十一聯隊輸送) 18.03.05:スラバヤ〜03.09アンボン03.10〜03.11バボ03.12〜03.17スラバヤ 18.03.23:スラバヤ〜03.27アンボン03.28〜03.30スラバヤ 18.04.04:スラバヤ〜04.07アンボン04.08〜04.09バボ04.10〜04.15スラバヤ 18.04.17:スラバヤ〜04.20昭南 18.05.06:昭南〜05.15ウエワク05.17〜05.24昭南
18.07.01:昭南〜      〜07.03 「八紘丸」が本艦左舷前部に衝突〜      〜07.03西貢(税関二号岸壁) 18.07.05:西貢〜07.07三亞 18.07.08:陸戦隊員920名便乗 18.07.09:三亞〜07.11馬公(三番浮標) 18.07.12:馬公〜      〜07.15 敷設艇怒和島」合流、護衛開始〜      〜07.16 敷設艇「怒和島」護衛終了、解列〜      〜07.16呉(二十番浮標) 18.07.16:陸戦隊員920名退艦 18.07.20:衝突時の破損箇所応急修理
18.07.20:呉〜07.20宇品 18.07.21:陸軍部隊216名乗艦 18.07.22:宇品〜07.22呉(五番浮標) 18.07.27:呉〜08.03トラック 18.08.--:トラック〜      〜08.31 0820 「第三十三號掃海艇」が合同、護衛開始〜      〜08.31宿毛 18.09.01:特設掃海艇第八拓南丸」に給水30t 18.09.01:宿毛〜09.01郡中沖09.02〜09.02呉(十五番浮標) 18.09.03:生糧品搭載(09.15まで) 18.09.05:聯合艦隊電令作第699号:      1.9月15日附左に依る丁二號輸送部隊を編成、聯合艦隊附属に編入す       (イ)指揮官 第一潜水戦隊司令官       (ロ)兵力 平安丸、秋津洲、護國丸、C澄丸(現在任務終了次第)、響、巻波、山雲      2.丁二號輸送部隊は成る可く速に上海に回航、南東方面転進の第十七師団一部の輸送に任ずべし        揚陸地に関しては別令す 18.09.07:糧食搭載 18.09.08:潤滑油搭載 18.09.09:清水300t搭載 18.09.10:清水100t搭載 18.09.12:仮称吊下式一型水中聴音機装備工事開始 18.09.13:重油500t搭載 18.09.15:仮称吊下式一型水中聴音機装備工事竣工 18.09.15:清水230t搭載、運貨船を左舷に横付け、貯糧品75.5t、生糧品21t搭載
18.09.16:呉〜09.18上海(呉淞鉄道桟橋) 18.09.21:隊貨、糧秣、弾薬、車輛172輌、砲9門、自動貨車14その他搭載開始 18.09.22:生糧品7t搭載 18.09.23:清水220t搭載、主機械試運転、陸軍部隊1,764名乗艦 18.09.24:上海〜09.24大戦山沖09.25〜10.02トラック 18.09.28:官房艦機密第4917号:特設艦船艤装替の件訓令
18.10.01:除籍:内令第2038号 18.10.01:入籍:内令第2041号:特設運送船(雑用船)、呉鎮守府所管
18.10.01:戦時編制:聯合艦隊所属、特設運送船(甲) 18.10.01:指揮官:海軍大佐 水野 孝吉 18.10.02:トラック〜10.05ラバウル(五番桟橋) 18.10.05:陸軍部隊揚陸、兵器資材揚陸 18.10.06:五番桟橋〜 〜10.06 「岩手丸」より給水50t〜      〜10.06ラバウル 18.10.06:ラバウル〜      〜10.07 対空戦闘:〜      〜10.08 対空戦闘:〜      〜10.09トラック 18.10.09:兵力部署:聯合艦隊電令作第738号:丁四号輸送部隊第二輸送隊−第十七師団第二次輸送 18.10.09:重油660t搭載 18.10.11:トラック〜      〜10.12 2330 巡洋艦「五十鈴」が船団から分離〜      〜10.18呉淞沖10.18〜10.18上海(呉淞鉄道桟橋) 18.10.19:人員1,795名、物件2,000m3搭載 18.10.20:陸軍部隊乗船 18.10.21:上海〜10.28トラック 18.11.01:トラック〜      〜11.03 対空戦闘:二十五粍機銃767、十三粍機銃950、七粍七機銃325発発射〜      〜11.04ラバウル(陸軍第五桟橋) 18.11.04:陸軍部隊揚陸、兵器資材揚陸 18.11.05:軍隊区分:聯合艦隊電令作第787号:南東方面部隊指揮官は丁四号輸送部隊を区処 18.11.05:ラバウル〜      〜11.05 対空戦闘:二十五粍機銃520、十三粍機銃248、七粍七機銃85発発射〜      〜避泊錨地付近旋回〜      〜ラバウル 18.11.06:ラバウル〜11.09トラック 18.11.08:軍隊区分:聯合艦隊電令作第792号:原隊復帰 18.11.09:清水搭載 18.11.11:清水搭載 18.11.12:清水搭載 18.11.18:トラック〜11.25呉 18.11.26:艦本機密第11号の14748による工事(12.20まで)       四十口径四一式一、二番十五糎砲及び同附属兵器及び弾薬全部還納       四十口径十年式十二糎高角砲2門、九六式二十五粍二聯装機銃一型改三1基装備       九二式百十糎探照燈三型1基、同管制器二型改一還納 18.11.27:武式三米半測距儀還納工事(12.10まで) 18.11.27:甲描地陸岸に繋留換 18.11.29:一、二、五、六番艙改造(12.22まで) 18.11.29:飛行機甲板撤去 18.12.01:六年式二聯装発射管撤去工事(12.20まで) 18.12.06:第一ポンツーンを左舷に横付け 18.12.11:呉海軍工廠第四船渠にて入渠 18.12.12:檣上部切断工事(12.18まで) 18.12.19:艤装工事完了 18.12.20:出渠 18.12.20:十二糎高角砲弾薬搭載 18.12.21:糧食搭載 18.12.22:重油、清水、酒保物品、糧食搭載
18.12.23:軍隊区分:聯合艦隊電令作第866号:内南洋部隊己一号輸送部隊 18.12.23:呉〜二十五粍機銃、十二糎高角砲公試〜12.24津久見 18.12.24:セメント搭載(12.25まで) 18.12.25:津久見〜 18.12.25:難破船「大上丸」発見、船員2名救助〜      〜12.26由良内 18.12.27:由良内〜      〜12.27 1224(N33.25-E135.33)潮岬255度4.6Kmにて特設運送船君川丸」被雷〜      〜12.27 2355 米潜水艦"Gurnard"(SS-254)の攻撃により一番艙に被雷〜      〜12.27 2357 一番艙に再度被雷、152番ビームより前方毀損〜      〜12.28横須賀(沖五番浮標) 18.12.30:軍隊区分:聯合艦隊電令作第882号:己一号輸送部隊より除かれる 19.01.09:セメント揚陸(01.11まで) 19.01.12:清水搭載 19.01.13:一番砲陸揚げ 19.01.21:グレンを右舷前部に横付け、錨鎖を卸す、弾薬陸揚げ 19.01.22:清水400t搭載 19.01.23:清水搭載 19.01.25:清水150t搭載 19.01.26:重油600t揚陸 19.01.28:重油200t揚陸 19.01.31:荒天の為、繋留錨鎖切断 19.02.01:特型運貨船及び内火艇修理開始 19.02.03:横須賀〜02.03横浜(瑞穂岸壁) 19.02.09:清水200t搭載 19.02.15:清水300t搭載 19.02.18:浅野船渠にて入渠、152番ビームより前方毀損箇所復旧工事開始 19.03.15:三、四番艙開艙工事開始 19.04.10:二、五番艙改造工事開始 19.05.22:九三式水中聴音機二型甲小艦艇用新設工事(05.31まで) 19.05.22:出渠〜中央市場岸壁 19.05.27:四十五口径十年式十二糎高角砲1門装備 19.05.31:仮称三式水中聴音機三型、三式処分具、舷外電路線撤去 19.05.31:横浜〜船体兵器公試〜05.31横浜  19.06.02:横浜〜06.02横須賀(十一番浮標) 19.06.04:糧食搭載 19.06.05:横須賀〜06.05横浜(九号岸壁) 19.06.12:(第7612甲船団)横浜〜06.12館山06.13〜06.13尾鷲06.14〜06.14広島湾06.15〜06.15呉 19.06.15:燃料搭載 19.06.19:呉〜06.19六連沖 19.06.21:清水搭載
19.06.22:(ヒ67船団)六連沖〜06.30マニラ 19.07.02:転錨、三号岸壁に横付け 19.07.03:揚陸作業 19.07.05:沖出し 19.07.06:マニラ〜07.07仮泊地 19.07.07:第二十八號掃海艇を左舷に横付け、掃海艇に給油 19.07.08:仮泊地〜07.08仮泊地07.09〜      〜07.09 対潜戦闘:二番砲、機銃発射、爆雷2個投下〜      〜07.09 1515 爆雷3個威嚇投下〜      〜07.09ダバオ 19.07.10:第二十八號掃海艇を右舷に横付け、掃海艇に給油 19.07.13:三番艙火災、2分後鎮火 19.07.14:便乗者退船 19.07.15:避難の為、転錨〜仮泊地〜07.15ダバオ 19.07.17:便乗者乗船、遺骨22柱搭載 19.07.19:ダバオ〜      〜07.20 対潜戦闘:爆雷1個投下、二番砲3斉射〜      〜07.20ザンボアンガ07.21〜07.22仮泊地07.23〜07.23マニラ 19.07.25:(マモ01船団)マニラ〜07.27高雄 19.07.30:転錨 19.07.31:(マモ01船団)高雄〜08.03六連島沖08.04〜08.04門司(九番浮標) 19.08.04:門司〜08.04部崎08.05〜08.05門司(九番浮標) 19.08.05:清水搭載 19.08.05:門司〜08.05仮泊地08.06〜08.06呉(十六番浮標) 19.08.12:清水搭載、酒保物品搭載 19.08.14:酒保物品搭載 19.08.17:糧食搭載 19.08.18:清水搭載、酒保物品搭載 19.08.19:清水搭載、重油搭載 19.08.20:対空戦闘: 19.08.20:清水搭載 19.08.21:呉〜08.21部崎08.22〜08.23門司(一号岸壁) 19.08.23:門司〜08.23六連沖
19.08.25:(ヒ73船団)六連沖〜      〜08.25 2005 寺島水道仮泊      〜08.26 0435 仮泊地発〜      〜08.26 1300 五島列島沖にて陸軍配當船「音羽山丸」が敵潜探知爆雷攻撃〜      〜08.28 1140(N26.33-E122.20)九七艦攻、海防艦千振」「第二十七號海防艦」が             敵潜攻撃〜      〜08.28 1713 九七艦攻一機不時着、「第二十一號海防艦」が搭乗員を救助〜      〜08.29高雄(九号岸壁) 19.08.29:清水搭載 19.08.29:(ヒ73船団)高雄〜      〜08.31 1435(N17.56-E115.21)九三中練が敵潜発見、目標弾一発、発煙弾二発投下、             海防艦「千振」「第二十一號海防艦」を誘導し爆撃〜      〜08.31 1540 海防艦「千振」「第二十一號海防艦」が爆雷攻撃〜      〜08.31 2000 陸軍配當船「音羽山丸」が敵潜探知爆雷攻撃〜      〜09.01 0849 第二十一掃海隊(「第三十八號掃海艇」「第三十九號掃海艇」)、             海防艦屋代」、水雷艇」、同「」が護衛に来着〜      〜09.01 0900(N15.00-E116.00)ヒ七三船団と分離〜      〜09.01マニラ 19.09.10:(マモ03船団)マニラ〜      〜09.11 0900 ヒ72船団に合同〜      〜09.12 0159(N18.15-E114.35)海防艦平戸」被雷〜      〜09.12 ---- 海防艦御藏」、倉橋」が対潜掃蕩の為船団から分離〜      〜09.12 0526(N18.15-E114.21)特設運送船南海丸」被雷〜      〜09.12 0655(N18.25-E114.30)驅逐艦「敷波」被雷轟沈〜      〜09.12 1430(N19.16-E114.18)陸軍配當船「樂洋丸」被雷〜      〜09.12 2250(N19.25-E111.54)「瑞鳳丸」被雷〜      〜09.12 2254(N19.25-E112.23)陸軍配當船勝鬨丸」被雷〜      〜09.15楡林 19.09.16:陸軍病院船衛生第七班(曉第四〇三七部隊)便乗 19.09.16:(マモ03船団)楡林〜      〜09.20 0112(N23.35-E119.04)重爆の攻撃で直撃弾に依り舵機故障、曳航される〜      〜09.21高雄 19.09.21:陸軍病院船衛生第七班(曉第四〇三七部隊)退船 19.09.--:仮修理 19.09.--:馬公〜09.25呉 19.09.29:呉〜基隆11.07〜呉向け航行
19.11.17:沈没 20.01.10:除籍:内令第35号 20.01.10:解傭
喪失場所:N33.31-E129.19 九州五島列島北北西、古志岐島灯台15浬沖 喪失原因:米潜水艦Barb(SS-220)の雷撃

同型船

 報國丸愛國丸

兵装

 十五糎砲8門、 九三式十三粍二聯装機銃2基、
 六年式二聯装発射管2基、水偵1機。

(18.07.01現在)
 四十口径四一式十五糎砲2門、九六式二十五粍二聯装機銃1基、
 九三式十三粍二聯装機銃2基、九二式七粍七単装機銃2基、
 六年式二聯装発射管2基、
 武式三米半測距儀、
 九二式百十糎探照燈三型1基、須式四十糎信号探照燈1基。

(最終時)
 四十五口径十年式十二糎高角砲2基、九六式二十五粍二聯装機銃2基、九七式二十五粍二聯装機銃1基、
 九三式十三粍二聯装機銃2基、九二式七粍七単装機銃2基、三八式小銃5挺、拳銃3丁、
 一米半測距儀1基、六十六糎測距儀1基、須式四十糎信号探照燈1基、二式爆雷16個。

写真(絵画)資料

 雑誌「世界の艦船」海人社  1998年2月号
 雑誌「船の科学」船舶技術協会 1986年11月号「日本商船隊の懐古 No.88」山田早苗
 「スコラスペシャル48」「日本の軍艦」1998年
 「商船三井船隊史」 H21.04 野間恒(P.174)
 「商船三井 船舶史 1884-2010」 H22.12 木津重俊

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