第三十八號掃海艇の艇歴

 年 月 日:艇歴

18.09.01:起工、仮称艦名:第423號艦 18.10.01:命名:達第235号:第三十八號掃海艇 18.10.01:類別等級制定:内令第2026号:種別:掃海艇、艇型:第十九號型 18.10.01:本籍仮定:内令第2045号:佐世保鎮守府 19.02.10:進水 19.05.10:艤装員事務所を株式會社藤永田造船所内に設置し事務を開始 19.05.10:艤装員長:海軍大尉 斎 佐一 19.06.10:本籍:内令第747号:佐世保鎮守府、役務:警備掃海艇 19.06.10:竣工、艤装員事務所撤去
19.06.10:戦時編制:呉鎮守府部隊呉防備戦隊 19.06.10:掃海艇長:海軍大尉 斎 佐一
19.07.05:戦時編制:高雄警備府部隊第二十一掃海隊 19.07.05:掃海隊編制:内令第819号:第二十一掃海隊 19.07.05:軍隊区分:高警電令作第285号:南東海面部隊、       第二十一掃海隊各艇は準備出来次第高雄に進出すべし、進出の途次各部の協議に応じ護衛に協力すべし 19.07.05:出港〜07.05吉見07.06〜07.06佐世保 19.07.10:佐世保〜07.11門司 19.07.12:(ミ11船団護衛)門司〜      〜07.14 ---- 「第三十九號掃海艇」が合同〜      〜07.18 0704(N28.55-E111.39)敵潜望鏡を発見し、直ちに爆雷攻撃2個〜      〜07.19 0745 「第三十九號掃海艇」が探知した敵潜を掃蕩〜      〜07.19 1240 掃蕩を止め船団を追及〜      〜07.20 1130 飛行機の誘導により海防艦占守」と共同爆雷攻撃8個〜      〜07.20基隆 19.07.18:軍隊区分:高警電令作第305号:南東海面部隊より除く 19.07.18:軍隊区分:海上護衛総部隊電令作第219号:第一海上護衛隊、       第一海上護衛隊司令官は第二十一掃海隊及び麾下艦艇適宜を以て対潜掃蕩隊を編成し       主として呂宗海峡よりマニラに至る海面に於ける敵潜水艦掃蕩撃滅に任ぜしむべし 19.07.21:基隆〜07.22高雄 19.07.23:高雄〜07.25サンフェルナンド 19.07.26:(ユタ09・マタ25船団護衛)サンフェルナンド〜07.28高雄 19.07.28:軍隊区分:第一掃蕩小隊 19.07.28:石炭、重油補給、二式爆雷改二15個補給 19.07.29:(ミ11船団護衛)高雄〜      〜07.31 0340 陸軍徴傭船吉野丸」被雷沈没、直ちに敵潜を掃蕩、遭難者救助〜      〜08.01 0900 バンギィ湾着〜      〜08.01 1141 遭難者揚陸〜      〜08.01 1325 バンギィ湾発〜      〜08.02 カラヤン島仮泊〜      〜08.04 2025 「z謚ロ」曳航の陸軍徴傭船だかあ丸」を護衛しカラヤン島発〜      〜08.06 1303 「第三十九號掃海艇」と合同〜      〜08.06 1709 「z謚ロ」の曳航策切断〜      〜08.06 1829 「z謚ロ」が曳航を再開〜      〜08.07マニラ(キャビテ軍港) 19.08.07:燃料、重油搭載 19.08.08:(マタ26船団護衛)マニラ〜      〜08.09 1338 戦闘爆雷戦〜      〜08.09 1550 「進榮丸」被雷沈没〜      〜08.11 1330 サンフェルナンド仮泊〜      〜08.12 0100 サンフェルナンド発〜      〜08.13 1500頃より颱風激化により船団四散〜      〜08.14 1200 「第三十九號掃海艇」と合同〜      〜08.15高雄 19.08.16:軍隊区分:第二掃蕩小隊 19.08.16:石炭搭載 19.08.16:冷蔵庫新設工事(08.19まで) 19.08.17:爆雷格納の為第一機雷庫改造(08.19まで) 19.08.19:1415 「第三十九號掃海艇」の消火応援 19.08.21:高雄〜港外にて訓練〜08.21高雄 19.08.22:(タマ24船団護衛)高雄〜      〜08.24 0815 戦闘爆雷戦〜      〜08.25 0742 戦闘爆雷戦〜      〜08.25 1019 船団が雷撃を受ける〜      〜08.25 1050 戦闘爆雷戦〜      〜08.25 2102 戦闘爆雷戦〜      〜08.26 1049 戦闘爆雷戦〜      〜08.27 1033 戦闘爆雷戦〜      〜08.28マニラ 19.08.29:重油、石炭搭載 19.08.30:マニラ〜湾内出動訓練〜08.30マニラ 19.08.31:マニラ〜      〜09.01 0849 ヒ七三船団に合同〜      〜09.01 0900(N15.00-E116.00)特設運送船護國丸」、同「香久丸」、             陸軍徴傭船吉備津丸」、運送艦伊良湖」を護衛しヒ七三船団から分離〜      〜09.01マニラ 19.09.02:爆雷投下軌道改造(09.04まで) 19.09.03:石炭、重油、清水搭載 19.09.04:マニラ〜湾内にて各種教練施行〜09.04マニラ 19.09.05:清水、二式爆雷改一20個搭載 19.09.06:(マタ27船団護衛)マニラ〜09.11高雄 19.09.07:軍隊区分:高警電令作第372号:呂宋海峡部隊(発動時期は特令) 19.09.--:軍隊区分:哨戒部隊第一哨戒隊 19.09.07:軍隊区分:高警電令作第373号:高警電令作第372号発動時期まで南東海面部隊 19.09.11:軍隊区分:高警電令作第382号:高雄帰着後、ミ14船団護衛に関し第一海上護衛隊司令官の指揮下 19.09.11:石炭搭載 19.09.12:重油搭載 19.09.13:高雄〜      〜09.14 0213(N21.03-E121.15)敵浮上潜水艦発見、砲撃開始〜      〜09.14 0220 敵潜を見失う〜      〜09.14 0255 再び浮上潜水艦発見、砲撃開始:十二糎砲22、二十五粍機銃370発発射〜      〜09.14 0310 敵潜を見失う〜      〜09.14 0410(N20.45-E121.25)浮上潜水艦発見〜      〜09.14 0420 砲撃開始:十二糎砲4発発射〜      〜09.14 0427 敵潜を見失う〜      〜09.14バスコ 19.09.14:1215 陸軍兵退船 19.09.14:バスコ〜09.14ムサ泊地 19.09.15:(ミ14船団護衛)ムサ泊地〜      〜09.16 1334 四番船被雷沈没〜      〜09.16 1339 戦闘爆雷戦〜      〜09.16 1615 2隻被雷沈没〜      〜09.17高雄 19.09.17:石炭搭載 19.09.22:高雄〜台風襲来に依り避退〜09.23高雄 19.09.24:呂宗海峡部隊電令第1号:      1.第二十一掃海隊司令は第二十一掃海隊、第六十一號驅潜艇及び曳船長島を指揮し        バタン島イバナ沖に擱坐せる武藏丸の救難に任ずべし      2.航空部隊は右作業中、随意哨戒機を派し警戒すべし 19.09.25:呂宗海峡部隊電令作第1号:       第一哨戒隊は東港本隊(ラ)の187度73浬の敵潜を捕捉撃滅すべし       第六十一號驅潜艇は準備出来次第出撃すべし 19.09.25:高雄〜対潜掃蕩〜      〜09.27 1030 タマ27船団と合同、護衛開始〜      〜09.27 1930 バリンクン水道掃蕩に向う〜      〜09.28 1700 船団と分離、バスコに向う〜      〜09.28 1920 予定変更、高雄に向う       〜09.29高雄(左営) 19.09.29:石炭搭載 19.09.29:呂宗海峡部隊電令作第9号:       第二十一掃海隊、第六十一號驅潜艇は30日午後高雄発のタマ二九船団をサンフェルナンドまで       直接護衛に任ずべし 19.10.01:(タマ29船団護衛)高雄〜10.03サンピオクイント 19.10.04:仮泊中便宜湾口哨戒 19.10.06:(タマ29船団護衛)サンピオクイント〜10.08サンフェルナンド 19.10.10:(タマ29船団護衛)サンフェルナンド〜10.10ラポック10.10〜10.11サンピオクイント 19.10.12:2100 敵空襲に備へ爆発物、可燃物を陸揚げ 19.10.12:サンピオクイント〜バリット島に座礁の一般徴傭船大峰丸」救難〜10.13サンピオクイント 19.10.13:仮泊中便宜湾口哨戒 19.10.14:サンピオクイント〜海防艦屋代」捜索〜10.15サンピオクイント 19.10.15:サンピオクイント〜10.16高雄(要港) 19.10.16:1309 対空戦闘      1835 燃料補給 19.10.17:高雄〜洋上退避〜      〜10.17 2100 高雄燈台の300度20浬の敵潜攻撃に向かう〜      〜10.19馬公 19.10.19:燃料補給、糧食補給、各部修理工事 19.10.21:馬公〜艦隊の前路掃蕩〜10.21馬公 19.10.21:馬公〜バタン列島東方海面対潜掃蕩〜      〜10.24 1200 対潜掃蕩を打切り、サンピオクイント港の「照國丸」遭難者救助に向う〜      〜10.25サンピオクイント 19.10.25:0730 対空戦闘      1035 洋上に退避      1820 サンピオクイント着、遭難者救助収容  19.10.26:サンピオクイント〜10.26高雄 19.10.26:遭難者退艇 19.10.27:燃料、清水搭載 19.11.01:掃海艇長:海軍少佐 斎 佐一 19.11.01:高雄〜      〜11.01 DH哨区対潜掃蕩〜      〜11.02 MQ哨区対潜掃蕩〜      〜11.03 1500 北緯20度30分東経121度31分の敵潜攻撃に向かう〜      〜11.07馬公 19.11.08:馬公〜11.09高雄 19.11.09:呂宗海峡部隊電令作第37号:       第三十八號掃海艇は9日高雄発タマ三一B船団をラポックまで護衛に任じ       爾後列島線に沿い対潜掃蕩しつつ帰投すべし 19.11.11:高雄〜      〜11.11 1045 巡洋艦「葉」と合同、中央水路嚮導〜      〜11.11 2045 要港沖仮泊〜      〜11.12高雄 19.11.12:(タマ31B船団護衛)高雄〜11.13車城11.14〜11.17ラポック 19.11.18:ラポック〜高雄向け航行
19.11.19:沈没 20.03.10:類別等級削除:内令第209号 20.03.10:掃海隊編制:内令第225号:第二十一掃海隊解隊 20.03.10:除籍:内令第228号
喪失場所:N21.21-E119.45 バシー海峡西方 喪失原因:米潜水艦Atule(SS-403)の雷撃

同型艇

 第二十五號第二十六號第二十七號第二十八號第二十九號第三十號第三十三號第三十四號第三十九號第四十一號

兵装

(計画時)
 四十五口径十一年式十二糎砲3門、九六式二十五粍二聯装機銃1基、
 十四年式拳銃6丁、三八式歩兵銃22挺、須式電動七十五糎探照燈四型改一1基、九六式二米測距儀1基、
 九四式投射機1基、爆雷装填台三型1基、爆雷水圧投下台2基、爆雷投下台二型4基、爆雷36個、
 対艦式大掃海具4組、単艦式掃海具2組、小掃海具一型改一1組。

写真資料

 「日本海軍艦艇写真集 潜水艦・潜水母艦」ダイヤモンド社 H17.12 呉市海事歴史科学館(P.213)

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