第二十六號掃海艇の艇歴

 年 月 日:艇歴

17.05.09:起工、仮称艦名:第411號艦 17.08.20:命名:達第233号:第二十六號掃海艇 17.08.20:本籍仮定:内令第1548号:横須賀鎮守府 17.08.20:類別等級制定:内令第1554号:種別:掃海艇、艇型:第十九號型 17.12.08:進水 18.02.26:艤装員長:海軍豫備大尉 大里 勇哉 18.03.05:艤装員事務所を横浜海軍監督官事務所内に設置し事務を開始 18.03.29:本籍:内令第523号:横須賀鎮守府、役務:警備掃海艇 18.03.29:竣工、艤装員事務所撤去
18.03.29:戦時編制:横須賀鎮守府部隊 18.03.29:掃海艇長:海軍豫備大尉 大里 勇哉 18.04.19:(第1419船団護衛)横須賀〜室蘭 18.04.25:(第2425船団護衛)室蘭〜横須賀 18.07.01:掃海艇長:海軍大尉 大里 勇哉 18.07.02:(第3702乙船団護衛)横須賀〜      〜07.03 護衛終了、船団から分離〜
18.08.01:戦時編制:聯合艦隊南東方面艦隊第八艦隊第一根據地隊 18.08.09:横須賀〜08.11父島08.12〜08.14サイパン08.15〜08.17トラック08.18〜08.21ラバウル 18.08.25:(「文山丸」護衛)トラック〜08.26ブカ 18.08.26:ブカ〜08.27ショートランド 18.08.29:ショートランド〜対潜掃蕩〜      〜08.29 1600 特設運送船第五日の丸」護衛〜      〜08.30ブカ 18.08.30:(「第五日の丸」護衛)ブカ〜08.31ラバウル 18.09.02:ラバウル〜護衛〜09.04ラバウル 18.09.10:軍隊区分:南東方面電令作第518号:R(ビスマルク諸島)方面防備部隊 18.09.10:軍隊区分:直卒部隊 18.09.13:軍隊区分:R方面防備部隊電令作第497号:RO(カビエン)方面防備部隊      準備出来次第カビエンに回航、ODG及びODC北口附近掃海 18.09.17:ラバウル〜掃海訓練〜09.17ラバウル 18.09.19:ラバウル〜09.19カビエン 18.09.21:カビエン〜戦闘掃海〜09.21カビエン 18.09.23:カビエン〜戦闘掃海〜09.23カビエン 18.09.24:カビエン〜09.24ラバウル 18.09.28:ラバウル〜09.28カビエン 18.11.02:ラバウルにて米陸軍航空隊B-25、P-38の空爆により浅瀬に擱坐 18.12.01:艇内整備、船体修理準備作業(12.06まで) 18.12.07:特設工作艦八海丸」による被害箇所調査並に準備工事(12.10まで) 18.12.11:大里大尉、第二十三號驅潜艇長代理を解任 18.12.11:上甲板亀裂部補強並に没水部排水口取付工事(12.21まで) 18.12.15:NTB信令第62号:八海丸特務艦長は第二十六號掃海艇引揚修理作業を実施すべし 18.12.22:二缶室排水遮防(12.30まで) 18.12.24:二十五粍機銃修理(12.28まで) 18.12.27:第一カッター修理
19.02.17:沈没 19.04.30:類別等級削除:内令第597号 19.04.30:除籍:内令第602号
喪失場所:N.-E. Keravia Bay 喪失原因:米第58機動部隊艦載機による空爆

同型艇

 第二十五號第二十七號第二十八號第二十九號第三十號第三十三號第三十四號第三十八號第三十九號第四十一號

兵装

(計画時)
 四十五口径十一年式十二糎砲3門、九六式二十五粍二聯装機銃1基、
 十四年式拳銃6丁、三八式歩兵銃22挺、須式電動七十五糎探照燈四型改一1基、九六式二米測距儀1基、
 九四式投射機1基、爆雷装填台三型1基、爆雷水圧投下台2基、爆雷投下台二型4基、爆雷36個、
 対艦式大掃海具4組、単艦式掃海具2組、小掃海具一型改一1組。

写真資料

 雑誌「丸スペシャル」潮書房 No.50「掃海艇・輸送艦」 (P.6)
 雑誌「丸Graphic Quarterly」潮書房 No.20 「写真集 日本の小艦艇(続)」(P.22)
 雑誌「丸エキストラ」潮書房 第六十一集「連合艦隊」(P.24)
 雑誌「世界の艦船」海人社 1978年7月号増刊「写真集・日本軍艦史<3>昭和編」(P.103)
 雑誌「世界の艦船」海人社 1996年2月号増刊「日本海軍護衛艦艇史」(P.61)
 「写真日本海軍全艦艇史」 潟xストセラーズ H06.12 福井静夫 (2564)
 「海軍 第十一巻 小艦艇 特務艦艇 雑役船 特設艦船」誠文図書 S56.09 「海軍」編集員会(P.50)
 「新造船写真史」 S56.07 三菱重工業株式会社横浜造船所(P.72)

備考

1. 従来本船竣工日を昭和18年03月31日としているものがほとんどですが、三菱横浜の社史では03月29日となっており、本籍・役務の制定日、掃海艇長への補職日、艤装員事務所撤去の日もすべて03月29日であることから本サイトでは昭和18年03月29日としています。


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