愛國丸の船歴

 年 月 日:船歴

13.12.29:起工、優秀船舶建造助成施設第121号 15.04.25:進水、命名:愛國丸 16.08.31:竣工
16.09.01:徴傭 16.09.05:入籍:内令第1025号:特設巡洋艦、呉鎮守府所管
16.09.05:株式會社玉造船所で艤装工事開始 16.09.05:艦長:海軍大佐 岡村 政夫 16.10.15:艤装工事完了 16.10.31:玉野〜呉 16.10.15:戦時編制:聯合艦隊附属第二十四戦隊 16.11.07:軍隊区分:通商破壊隊 16.11.13:呉〜11.13岩国沖11.15〜11.24ヤルート 16.11.26:ヤルート〜      〜12.03 機銃教練射撃〜      〜12.08(S14.52-W133.19)南太平洋ツアモツ諸島北東海域〜      〜12.12 水偵発艦索敵〜      〜12.13(S22.38-W118.14)米商船"Vincent"を撃沈:二艦で十五糎砲14発、魚雷3発発射〜      〜12.14 水偵発艦索敵〜      〜12.15 水偵発艦索敵〜      〜12.16 水偵発艦索敵〜      〜12.18(S36.27-W130.33)警戒漂泊 16.12.19:特設巡洋艦報國丸」を警戒(12.20まで) 16.12.21:警戒漂泊、機関整備(12.22まで) 16.12.23:漂泊地〜      〜01.01 水偵発艦索敵〜水偵行方不明〜      〜01.02(S26.54-W151.20)米陸軍徴傭船"Malama"の撃沈を確認〜      〜01.06(S18.---W144.--)ツアモツ諸島内に避退、警戒漂泊、機関整備(01.08まで) 17.01.09:避退地〜ツアモツ諸島南東部索敵〜マルケサス南方海面〜マルケサス北方海面〜      〜01.25(S07.30-W160.00)〜      〜02.04トラック 17.02.05:トラック〜      〜02.12 ソビエト船"Kim"を臨検中の「報國丸」周囲を対潜警戒〜      〜02.12大分 17.02.13:捕虜を大分海軍航空隊へ引渡し 17.02.13:大分〜02.13広島湾02.14〜02.14呉 17.03.--:五十口径三年式十四糎砲に換装
17.03.10:戦時編制:聯合艦隊附属 17.03.20:軍隊区分:第六艦隊先遣部隊第八潜水部隊 17.03.20:内海西部 17.04.--:軍隊区分:第六艦隊先遣部隊甲先遣支隊、特令あるまで第八潜水部隊 17.04.12:呉〜マニラ〜04.30ペナン 17.05.05:ペナン〜      〜05.09(S17.40-E076.20)蘭油槽船"Genota"を拿捕〜      〜06.05(S27.19-E037.01)モザンビーク海峡南方で英商船"Elysia"を撃沈〜      〜07.20ペナン 17.07.26:ペナン〜07.27昭南 17.07.--:整備補給  17.08.--:二十五粍二聯装機銃2基増備 17.08.25:艦長:海軍中佐 大石 保 17.09.--:マスト短縮、偽煙突設備設置 17.09.19:軍隊区分:聯合艦隊電令作第296号:先遣部隊より除き主隊に編入 17.09.19:聯合艦隊電令作第297号:       報國丸、愛國丸及C澄丸は至急バネイに回航、後令を待て       在H陸軍部隊の輸送に従事せしむる予定
17.09.20:軍隊区分:南西方面艦隊:輸送任務 17.09.--:昭南〜ブラウン 17.09.--:ガ島増援の第三十八師団搭載 17.09.24:ブラウン〜10.08ラバウル 17.10.06:軍隊区分:先遣部隊 17.10.--:第三十八師団揚陸 17.10.09:ラバウル〜10.12トラック
17.10.12:先遣部隊電令作第174号:印度洋交通破壊作戦 17.10.13:トラック〜印度洋方面〜10.23昭南
17.11.01:艦長:海軍大佐 大石 保 17.11.05:昭南〜      〜11.11 蘭商船"Ondina"、インド掃海スループ"Bengal"と交戦〜      〜11.16昭南
17.11.22:軍隊区分:聯合艦隊電令作第393号:南西方面艦隊:輸送任務 17.12.02:昭南〜12.12ラバウル 17.12.10:軍隊区分:聯合艦隊電令作第413号:一時南東方面部隊 17.12.16:ラバウル〜12.18マダン 17.12.18:陸軍第五師団強行揚陸、対空戦闘(12.19まで) 17.12.19:マダン〜12.20ラバウル 17.12.21:ラバウル〜12.29呉
17.12.19:軍隊区分:聯合艦隊電令作第422号:聯合艦隊主隊丙号輸送部隊丙一号輸送部隊 18.01.04:呉〜01.05釜山 18.01.05:第二〇九飛行場大隊及び第十四野戦航空修理廠搭載 18.01.06:釜山〜01.14ラバウル 18.01.11:軍隊区分:聯合艦隊電令作第446号:南東方面部隊丙号輸送部隊丙一号輸送部隊 18.01.12:軍隊区分:南東方面部隊信電令作第13号:外南洋部隊丙号輸送部隊丙一号輸送部隊 18.01.15:第二〇九飛行場大隊及び第十四野戦航空修理廠揚陸完了 18.01.15:ラバウル〜      〜01.16(S01.32-E147.59)潜水艦の雷撃2本を受けるも被害なし〜      〜01.24青島 18.01.25:軍隊区分:聯合艦隊電令作第461号:聯合艦隊主隊丙号輸送部隊丙三号輸送部隊 18.01.--:部隊搭載(人員1469名、車両14台、物件) 18.01.29:青島〜02.02セブ02.03〜02.07パラオ 18.02.13:軍隊区分:聯合艦隊電令作第483号:南東方面部隊丙号輸送部隊丙三号輸送部隊 18.02.13:軍隊区分:南東方面部隊信電令作第2号:外南洋部隊丙号輸送部隊丙三号輸送部隊 18.02.14:軍隊区分:機密丙号輸送部隊命令作第4号:丙三号輸送部隊第二輸送隊 18.02.--:部隊搭載(人員133名、車両4台、物件) 18.02.19:パラオ〜02.22ウエワク 18.02.22:部隊揚陸(人員1602名、車両18台、物件) 18.02.23:ウエワク〜      〜02.23 0530 驅逐艦「朝雲」が船団から分離〜      〜02.26パラオ 18.02.27:軍隊区分:丙号輸送部隊編成解除
18.03.--:トラック〜03.31高雄04.02〜04.05呉 18.04.05:艦長:海軍大佐 水崎 正次郎 18.04.19:呉〜高雄04.26〜パラオ〜05.13呉 18.05.24:呉〜05.25佐世保 18.05.27:佐世保〜06.03トラック 18.06.--:トラック〜      〜06.19 1400 敷設艇怒和島」が護衛を開始〜      〜06.21呉 18.06.28:呉〜06.29横須賀 18.07.06:横須賀〜輸送任務〜トラック 18.08.--:トラック〜      〜08.31 0820 「第三十三號掃海艇」が合同、護衛開始〜      〜08.31宿毛 18.09.01:宿毛〜09.01郡中沖09.02〜09.02呉 18.09.17:艦長:海軍大佐 稻垣 義龝 18.09.28:官房艦機密第4917号:特設艦船艤装替の件訓令
18.10.01:除籍:内令第2038号 18.10.01:入籍:内令第2041号:特設運送船(雑用船)、呉鎮守府所管
18.10.01:戦時編制:聯合艦隊所属、特設運送船(甲) 18.10.01:指揮官:海軍大佐 稻垣 義龝 18.10.01:呉〜10.02玉 18.10.06:三井造船株式會社玉野造船所にて艤装工事開始 18.10.20:指揮官:海軍大佐 中圓尾 義三 18.12.31:艤装工事完了 19.01.16:呉〜      〜01.17 横須賀にて驅逐艦「滿潮」が護衛を終了〜      〜01.17東京 19.01.21:東京〜01.21横須賀      (ブラウン進出の第六十八警備隊629名輸送、機雷1200個、ダイナマイト、砲弾、弾丸、      建設資材、食糧) 19.01.24:横須賀〜01.24館山仮泊01.25〜       〜01.31 1425 驅逐艦「滿潮」が護衛に就く〜      〜02.01トラック
19.02.17:沈没 19.03.31:除籍:内令第508号 19.03.31:解傭
喪失場所:N07.22-E151.56 デュプロン島(夏島)東沖合 喪失原因:米第58機動部隊艦載機の空爆(爆弾4発命中)

同型船

 報國丸護國丸

兵装

(開戦時)
 四十口径安式十五糎砲8門、十三粍二聯装機銃2基、
 六年式二聯装発射管2基、
 百十糎探照燈1基、九十糎探照燈1基、九四式水偵2機(うち補用1機)。

(17.03)
 五十口径三年式十四糎砲8門、十三粍二聯装機銃2基、
 六年式二聯装発射管2基、
 百十糎探照燈1基、九十糎探照燈1基、零式水偵2機(うち補用1機)。

(17.08)
 五十口径三年式十四糎砲8門、二十五粍二聯装機銃2基、十三粍二聯装機銃2基、
 六年式二聯装発射管2基、
 百十糎探照燈1基、九十糎探照燈1基、零式水偵2機(うち補用1機)。

写真資料

 雑誌「世界の艦船」海人社 1998年2月号
 雑誌「世界の艦船」海人社 別冊「日本の客船(1)」(P.83)
 雑誌「世界の艦船」海人社 別冊「日本客船の黄金時代1939〜41」(P.121)
 雑誌「丸スペシャル」潮書房 No.53「日本の小艦艇」(P.11)
 雑誌「船の科学」船舶技術協会 1982年12月号「日本商船隊の懐古 No.42」山田早苗
 「船舶史稿」船舶部会「横浜」第六巻(P.142)
 「海軍第十一巻 小艦艇 特務艦艇 雑役船 特設艦船」誠文図書 S56.09 「海軍」編集委員会(P.207) 
 「写真日本海軍全艦艇史」 潟xストセラーズ H06.12 福井静夫 (2928, 2929, 2930)
 「知られざる戦没船の記録(上)」柘植書房 H07.08 戦没船を記録する会 (P.134)
 「歴史への招待23」 日本放送出版協会 S57.10
 「商船三井船隊史」 H21.04 野間恒(P.169-170)
 「商船三井 船舶史 1884-2010」 H22.12 木津重俊
 "The World's Merchant Fleets 1939" Chatham Publishing 1999 Roger Jordan(P.255)
 "Naval History and Heritage Command" Catalog #:80-G-216903

備考

Ver.10.27まで18.12.31の船歴に15cm砲2門、25mm連装機銃4基の記載をしておりましたが削除しました。吉村朝之氏の「トラック大空襲」(S62年光人社)P.33「巡洋艦としての第一線での戦闘艦から後退したとはいえ、それでも十五センチ砲二門と、二十五ミリ連装機銃四門をもっての兵装であった。」という部分から砲数の減少は時期的にみて三井玉野での艤装替えのタイミングしかないと考えて、18.12.31のところに記載しておりましたが、YouTube(http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=qaghBYI8XIc)などでダイバーの撮影した後部砲は、120mm砲として紹介されており、映像からみても四十五口径十年式十二糎高角砲と見て間違いないようです。12cm高角砲への換装はこの時期と推定されるものの、二十五ミリ連装機銃四門という記述を含め、公文書ではこれらの記録を未だ発見できないことから、この部分を全面削除することにしました。


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