最上丸の船歴

 年 月 日:船歴

15.06.06:起工 15.11.25:進水、命名:最上丸 16.07.10:竣工、船主:日本水産株式會社
18.03.31:船主:日本海洋漁業統制株式會社に変更
18.11.01:徴傭 18.11.01:船長:海軍嘱託 高木 政吉(部内限り判任官待遇) 18.12.01:入籍:内令第2565号:特設驅潜艇、舞鶴鎮守府所管
18.12.01:内令第2579号:第三南遣艦隊所属 19.02.26:(タマ07船団護衛)高雄〜03.01マニラ 19.07.01:船長:海軍嘱託 高木 政吉(部内限り奏任官待遇) 19.07.12:菲島部隊電令第427号:      1.C一二四船団(護衛指揮官:第三十一號驅潜艇長、護衛艦:第三十一號驅潜艇、        第百三號哨戒艇、第八十四號驅潜特務艇)及び        C一二三船団(護衛艦:第四十二號驅潜特務艇第七號掃海特務艇、ボンドツク岬迄)は        12日マニラ発セブに回航すべし 2.第三十一號驅潜艇、第百三號哨戒艇、最上丸、第八十四號驅潜特務艇はセブ以後        ダバオ行船団の護衛に任じたる後マニラに帰投すべし        但し第八十四號驅潜特務艇はザンボアンガ以後第三十三警備隊司令官所定により         行動すべし      3.以下略
19.07.15:セブ〜      〜07.17(N07.42-E122.05)米潜水艦"Cabrilla"(SS-288)の攻撃で一般徴傭船夏川丸」被雷〜      〜07.17 1250 現場復帰〜      〜07.17 「第百三號哨戒艇」と一般徴傭船「夏川丸」を横抱き曳航、          「第三十一號驅潜艇」及び「第八十四號驅潜特務艇」が護衛警戒〜      〜07.17(N06.59-E121.56)一般徴傭船「夏川丸」をサンラモン海岸に擱坐   〜ザンボアンガ 19.07.18:菲島部隊電令第435号:      1.夏川丸の積荷卸し方取計相成度        警備隊の協力を求むると共にザンボアンガ所在部隊の全力を挙げて揚搭        下甲板の兵器を速やかに入手        積荷の主なるもの 十二糎高角砲、八糎丸、二十五粍機銃55門、その他弾薬165      2.最上丸はザンボアンガに引返し夏川丸の揚搭に従事すべし      〜対潜掃蕩〜08.09ザンボアンガ 19.09.04:菲島部隊電令第493号:      1.C〇六八船団は09月06日0600マニラ発セブに回航すべし      2.船団:A慶安丸、三笠丸、玄海丸、圖洋丸、第十七福榮丸、蟠龍           B洛東丸あやぞの丸        船団部隊指揮官:最上丸艇長        護衛艦:最上丸、第百三號哨戒艇、照風丸(協力)      3.隼はモンポグ水道付近まで右船団を護衛後マニラに帰投すべし      4.第百三號哨戒艇、照風丸はセブ着後マニラに帰投すべし      5.最上丸はセブ着後第三南遣艦隊機密命令第71号に依る作業に協力、作業終了次第        マニラに帰投すべし      6.以下略   (* 実際には第十七福榮丸、蟠龍は随行せず別の1隻が加入しC〇六七船団として出港) 19.09.06:(C067船団護衛)マニラ〜09.08セブ 19.09.--:(船団護衛)セブ〜09.10カタエンガン 19.09.10:(現在)軍隊区分:護衛部隊 19.09.11:カタエンガン避退泊地移動哨戒
19.09.12:沈没 19.11.10:除籍:内令第1258号 19.11.10:解傭
喪失場所:セブ北方マラパスクア島灯台北東5km付近 喪失原因:米第38機動部隊艦載機による空爆

同型船

 十勝丸

兵装

 保式短五糎砲1門、十三粍単装機銃1基、爆雷12個、爆雷投下軌道(3個載)2組、
 簡易式水中聴音機1基、軽便探信儀1基。

写真資料

 「海軍雑誌 海と空」 昭和16年12月号 海と空社
 「海洋少年」通巻30号 海と空社

前の艇へ ← 特設驅潜艇 → 次の艇へ

Homeへ戻る