第四號海防艦の艦歴

 年 月 日:艦歴

18.10.05:起工、仮称艦名:第2702號艦 18.12.22:命名:達第319号:「第四號海防艦」 18.12.22:類別等級制定:内令第2776号:種別:海防艦、艦型:第二號型 18.12.22:本籍仮定:内令第2780号:横須賀鎮守府 18.12.29:内令第2812号:当分の間定員を置かない 18.12.30:進水 18.12.30:本籍:内令第2823号:横須賀鎮守府 19.01.20:艤装員長:海軍大尉 原 利久 19.01.30:艤装員長:海軍大尉 水谷 勝二 19.02.01:艤装員事務所を横須賀海軍工廠内に設置し事務を開始 19.03.07:竣工、艤装員事務所を撤去 19.03.07:役務:内令第405号:警備海防艦 19.03.07:海防艦長:海軍大尉 水谷 勝二
19.03.07:戦時編制:呉鎮守府部隊呉防備戦隊 19.04.02:戦時編制:海上護衛総司令部第一海上護衛隊 19.04.02:艦船番号:(44) 19.05.01:海防艦長:海軍少佐 水谷 勝二 19.06.06:第一海上護衛隊に復帰 19.06.--:サイパン〜06.18横須賀 19.06.18:横須賀海軍工廠にて損傷部修理並に整備(07.07まで) 19.07.07:軍隊区分:横須賀鎮守府長官作戦指揮下 19.07.12:機密横鎮電令作第546号:      1.甲直接護衛部隊指揮官は左に依り護衛を実施すべし        東京湾北航路部隊、小笠原部隊指揮官は右護衛に協力すべし       (イ)船団名称:第三七一四船団       (ロ)護送船:第四號海防艦、第二號輸送艦第百五號特設輸送艦報國第一三號曳船、          第五十號驅潜艇第五十一號驅潜艇       (ハ)船団:日秀丸、八祥丸、第十雲海丸桂川丸       (ニ)船団部隊指揮官:甲直接護衛部隊指揮官所定        船団部隊は父島に入港、第四號海防艦、第二號輸送艦、第百五號特設輸送艦は硫黄島に至り        急速に揚搭作業を実施、第百五號特設輸送艦、報國第一三號曳船は父島硫黄島間輸送並に        警戒に従事、その他の護衛艦艇は父島より船団護衛、横須賀に帰投      2.横浜海軍在勤武官は船団の編成並に出撃準備要務を掌理すべし 19.07.14:横須賀〜07.14館山
19.07.15:戦時編制:横須賀鎮守府部隊第三海上護衛隊 19.07.15:(第3714船団護衛)館山〜硫黄島 19.07.--:硫黄島〜07.24横須賀 19.08.04:(第4804船団護衛)父島〜08.06横須賀 20.03.25:海防艦長:海軍少佐 伊藤 俊雄 20.04.15:戦時編制:大海幕機密第608号ノ234:横須賀鎮守府部隊第四特攻戦隊
20.07.28:沈没 20.09.15:除籍:(機密第091753番電にて予定) 21.04.01:類別等級削除:軍令第1号(自然消滅) 22.02.01:二復總第49号:行動不能艦艇、大阪地方復員局所管       所在:鳥羽港、現状:沈没
喪失場所:N34.43-E136.43 伊勢湾 喪失原因:英第37機動部隊艦載機による空爆

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兵装

(計画時)
 四十五口径十年式十二糎高角砲2門、
 九六式二十五粍三聯装機銃2基、九九式軽機銃2挺、一四式拳銃13丁、九九式小銃39挺、
 九六式三米高角測距儀一型1基、九六式六十六糎測距儀1基、
 九三式二号水中聴音機小艦艇用甲1基、九三式探信儀一型1基、須式七十五糎探照燈四型改一1基、
 二号電波探知機二型改二1基、
 仮称三式投射機12基、爆雷投下軌道1條、九五式爆雷120個。

 (19.08.20現在)
 四十五口径十年式十二糎高角砲2門、
 九六式二十五粍三聯装機銃2基、同単装機銃8基、十三粍単装機銃2基、
 二号電波探知機1基。

写真資料

 なし。

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