第四十號驅潜艇の艇歴

 年 月 日:艇歴

17.02.18:起工、仮称艦名:第440號艦 17.07.10:命名:達第197号:第四十號驅潜艇 17.07.10:類別等級制定:内令第1222号:種別:驅潜艇、艇型:第十三號型 17.07.10:本籍仮定:内令第1213号:横須賀鎮守府 17.11.10:進水 18.02.26:艤装員長:海軍豫備大尉 高林 信 18.03.04:艤装員事務所を大阪鐵工所因島造船所内に設置し事務を開始 18.03.30:艤装員事務所を撤去 18.03.31:竣工
18.03.31:本籍:内令第538号:横須賀鎮守府、役務:警備驅潜艇 18.03.31:驅潜艇長:海軍豫備大尉 高林 信 18.03.31:戦時編制:横須賀鎮守府部隊横須賀防備戦隊 18.05.01:類別等級改正:内令第838号:種別:驅潜艇、艇型:第十四號型 18.07.01:驅潜艇長:海軍大尉 高林 信
18.09.05:戦時編制:聯合艦隊南東方面艦隊第八艦隊第八根據地隊 18.09.05:軍隊区分:R方面防備部隊 18.09.05:軍隊区分:直卒部隊 18.09.--:横須賀〜サイパン〜09.19ラバウル 18.09.24:船体機関整備 18.12.07:南東方面部隊電令第23号:       R方面防備部隊指揮官は驅潜艇一隻をして準備出来次第出港、第十一驅逐隊司令の指揮を受け       特二〇號(天霧曳航準備中)の護衛に任ぜしむべし       特二〇號0600の推定位置南緯1度15分東経148度50分 18.12.07:R方面防備部隊信電令作第647号:       第四十號驅潜艇は準備出来次第出港、南東方面部隊電令第23号の任務に従事すべし       行動を予定し報告すべし 19.01.04:R方面防備部隊信電令作第684号:       第四十號驅潜艇は水無月驅逐艦長の指揮を受け4日2200出港の壽山丸、錫蘭丸(ステフェン海峡       南口より分離カビエンに向け)を北緯5度附近迄護衛したる後、5日パラオ発のソ五〇四船団に       合同、第二十四驅潜隊司令の指揮を受け之をラバウル迄護衛すべし 19.01.04:ラバウル〜      〜01.05 ステファン海峡南口にて一般徴傭船錫蘭丸」が分離〜      〜01.08 1000 北緯5度附近にて特設運送船壽山丸」の護衛を終了〜      〜ラバウル 19.01.--:ラバウル〜トラック 19.01.19:(「國洋丸」護衛)トラック〜01.22ラバウル 19.02.17:R方面防備部隊信電令作第728号:       第二十三驅潜隊(第二十二號驅潜艇)及び第四十號驅潜艇は準備出来次第出港、夕月、水無月と       交代し第一一二三船団(黄海丸興和丸)をラバウル迄護衛すべし、同船団はニューアイルランド       接岸正午カザリン附近 19.02.17:被弾応急修理
19.02.19:沈没 19.03.31:類別等級削除:内令第499号 19.03.31:除籍:内令第513号
喪失場所:S03.04-E150.42 ニュ−アイルランド島カビエン沖 喪失原因:米陸軍第5航空隊B-24、A-20、P-38による空爆

同型艇

 第二十八號第二十九號第三十號第三十一號第三十二號第三十三號第三十四號第三十五號第三十六號第三十七號第三十八號第三十九號第四十一號第四十二號第四十三號第四十四號第四十五號第四十六號第四十七號第四十八號第四十九號第五十號第五十一號第五十二號第五十三號第五十四號第五十五號第五十六號第五十七號第五十八號

兵装

(計画時)
 四十口径三年式八糎高角砲1門、九三式十三粍二聯装機銃1基、
 十四年式拳銃5丁、 
 九三式水中聴音機1基、九三式一型探信儀1基、
 九四式投射機2基、爆雷装填台三型2基、爆雷投下軌道1基、九五式爆雷36個。

写真資料

 「歴史群像」学習研究社 太平洋戦史シリーズ51 真実の艦艇史(2)(P.147)
 「日立造船百年史」 S60.03 日立造船株式会社(P.218)
 米空軍撮影写真

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