錫蘭丸の船歴

 年 月 日:船歴

M35.10.21:起工 M36.12.19:進水、命名:錫蘭丸  M37.02.22:竣工、船主:日本郵船株式會社、登録総噸数:5,068、登録純噸数:3,142
M37.--.--:徴傭:陸軍 M39.05.15:解傭
T--.--.--:ボンベイ航路 T04.--.--:登録総噸数:4,886、登録純噸数:3,077に変更 T07.06.下:第一次世界大戦に際しシアトルにて米国に提供 T07.--.--:登録総噸数:4,897、登録純噸数:2,950に変更 T08.06.13:返却 T08.--.--:登録総噸数:4,902、登録純噸数:3,013に変更 T09.--.--:登録総噸数:4,905、登録純噸数:2,995に変更 T13.01.20:カルカッタ〜ラングーン〜新嘉坡〜香港〜神戸〜02.26横浜 T13.05.06:カルカッタ〜ラングーン〜ペナン〜新嘉坡〜香港〜門司〜神戸〜大阪〜06.15横浜 T13.08.30:カルカッタ〜新嘉坡〜香港〜門司〜神戸〜09.28横浜 05.--.--:カルカッタ航路 06.04.01:船主:近海郵船株式會社に変更 06.04.06:傭船主:日本工船漁業株式會社 08.06.10:傭船主:日魯漁業株式會社(06.27まで) 09.06.08:傭船主:日魯漁業株式會社(06.27まで) 09.08.31:傭船主:日魯漁業株式會社(09.19まで) 11.06.29:傭船主:日魯漁業株式會社(07.09まで)
12.07.30:徴傭:陸軍 13.01.12:解傭
13.06.03:徴傭:陸軍 13.12.12:解傭
14.08.16:船主:日本郵船株式會社に変更 15.06.03:傭船主:日魯漁業株式會社(07.14まで)
16.07.21:徴傭:陸軍 16.08.26:解傭
16.10.03:徴傭:陸軍 16.11.07:青島〜11.23西貢11.24〜12.05高雄12.05〜12.07馬公12.07〜12.08高雄12.08〜      〜12.09馬公12.09〜12.21宇品 16.12.22:宇品〜01.16盤谷01.20〜01.27カムラン02.02〜02.09呉淞02.09〜02.09南京02.10〜      〜02.11呉淞03.04〜03.09昭南03.15〜04.10高雄04.22〜05.05タンジョンプリオク05.10〜      〜06.17マニラ06.24〜06.27高雄06.29〜07.06馬公07.10〜07.13八幡 17.07.27:解傭
17.08.23:徴傭:船舶運營會 17.08.--:陸軍配當船として運航 17.12.--:陸軍配當船として運航終了 17.--.--:解傭
18.05.03:第1次海軍指定船 18.06.14:(第166船団)門司〜      〜06.15 1013 「第三十六號哨戒艇」が護衛開始〜      〜06.18 1000 基隆行、一般徴傭船泰安丸」が船団より分離〜      〜06.19 0850 「橘丸」「五十鈴丸」「日輪丸」、一般徴傭船「五洋丸」と船団より分離〜      〜06.19高雄 18.08.--:門司〜崎戸〜六連〜馬公 18.09.06:(第321船団)馬公〜      〜09.07 2134(N18.39-E117.48)対潜戦闘:三八式野砲7発発射〜      〜09.13聖雀 18.11.01:指定解除 18.11.01:解傭
18.11.01:徴傭:一般徴傭船(雑用船)、横須賀鎮守府所管、海軍省配属 18.11.02:横須賀〜11.02館山11.03〜11.03横須賀 18.11.04:横須賀〜11.07呉 18.11.--:第二一二海軍設営隊器具、糧食其の他4,454m3、設営隊員826名搭載 18.11.16:呉〜11.17佐伯 18.11.18:佐伯〜11.28パラオ 18.12.12:パラオ〜      〜12.14 0550(N02.52-E137.25)護衛艦が敵潜発見〜      〜12.16 1725(S01.24-E145.47)護衛艦が敵潜発見〜      〜12.19 1325(S03.17-E149.57)対空戦闘:十三粍機銃発射61発、小銃15発発射〜      〜12.23ラバウル 19.01.04:ラバウル〜      〜01.05 ステファン海峡南口にて船団と分離〜      〜01.05カビエン 19.01.08:(オ805船団)カビエン〜01.15パラオ 19.01.17:パラオ〜01.17ガラスマオ01.23〜01.23パラオ 19.02.09:パラオ〜02.17高雄 19.02.22:(タモ05船団)高雄〜門司向け航行
19.02.27:沈没  19.04.30:解傭
喪失場所:N31.35-E127.47 男女群島南西約40浬 喪失原因:触雷

同型船

 なし。

兵装

 三八式野砲、九三式十三粍機銃、三八式小銃。

写真資料

 雑誌「世界の艦船」海人社 別冊「日本の客船(1)」(P.85)
 雑誌「世界の艦船」海人社 別冊「日本郵船船舶100年史」(P.119)
 "State Library of New South Wales", Digital order No. a636775
 "State Library of Victoria", Image No. a12743
 小樽市博物館所蔵(39-2)

備考

 本船は"The Official Chronology of the U.S. Navy in World War II"、「太平洋戦争被雷艦船史」などで米潜水艦"Grayback (SS-208)"の雷撃に依り撃沈されたことになっていますが、HN"IWA"氏の調査に依れば"Grayback"は本船沈没の1日前に那覇航空基地からの九七式艦攻により撃沈されているとのことで(JACAR :C08030352000)、第一海上護衛隊の戦時日誌からも触雷が正しいとのことです。


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