第九號驅潜艇の艇歴

 年 月 日:艇歴

13.05.10:起工、仮称艦名:第69號艦 13.09.20:命名:達第145号:第九號驅潜艇 13.09.20:類別等級制定:内令第807号:種別:特務艇、類別:驅潜艇、艇型:第一號型 13.10.15:進水 14.02.17:信号符字點付:達第26号:JRMD 14.02.20:艤装員長:海軍少佐 石西 壽彦 14.02.24:艤装員事務所を三菱重工業株式會社横浜船渠内に設置し事務を開始 14.05.09:竣工、艤装員事務所を撤去
14.05.09:本籍:内令第370号:横須賀鎮守府、横須賀防備隊所属 14.05.09:特務艇長:海軍少佐 石西 壽彦 15.04.01:本籍:内令第199号:横須賀鎮守府、横須賀防備隊所属 15.11.01:本籍:内令第776号:呉鎮守府、佐伯防備隊所属 15.11.15:類別等級削除:内令第821号 15.11.15:除籍:内令第822号
15.11.15:類別等級制定:内令第820号:種別:驅潜艇、艇型:第一號型 15.11.15:本籍:内令第829号:呉鎮守府 15.11.15:驅潜隊編制:内令第836号:第十一驅潜隊 15.11.15:戦時編制:聯合艦隊第二艦隊第一根據地隊第十一驅潜隊 15.11.15:驅潜艇長:海軍豫備大尉 河原 政頼 16.04.10:戦時編制:聯合艦隊第三艦隊第一根據地隊第十一驅潜隊 16.05.15:驅潜艇長:海軍豫備大尉 仁科 俊郎
16.10.01:戦時編制:聯合艦隊南遣艦隊第九根據地隊第十一驅潜隊 16.11.--:軍隊区分:機密馬來部隊命令作第1号(第一兵力部署(甲)):護衛部隊 16.12.--:艦隊区分:部隊番号:5、隊番号:2 16.12.01:信号符字改正:達第369号:JZIP 16.12.02:三亞〜12.05プロコンドル12.05〜      〜12.06 0700 輸送船団に合同〜      〜12.06 1930 第十九驅逐隊(磯波、浦波、綾波、敷波)が合同〜      〜12.07 1030 G点着、各隊毎に上陸点に分進〜      〜12.07 1630 驅逐艦「浦波」が諾汽船"Hafthor"を臨検、自沈手段を講じ乗員を退出させる〜      〜12.07コタバル 16.12.08:0330-0430 対空戦闘      0500-0530 対空戦闘      0600-0630 対空戦闘 16.12.08:コタバル〜12.08パタニ12.08〜12.09コタバル 16.12.09:軍隊区分:機密馬來部隊命令作第1号(第一兵力部署(乙)):根據地部隊 16.12.09:コタバル〜12.09シンゴラ 16.12.12:シンゴラ〜12.15コタバル 16.12.15:第一護衛隊電令作第22号:       第一護衛隊は泊地着後に左に依りシンゴラ、パタニ、コタバル附近距岸約60浬迄の敵潜を掃蕩せよ      6.掃海艇、驅潜艇 泊地外周10粁附近迄 16.12.17:第一護衛隊電令作第25号:      2.第十九驅逐隊司令は19日日没時以後、占守、第十九驅逐隊の三艦、掃海艇及び驅潜艇を率い        馬來部隊電令作第50号中第二項に依り行動すべし 16.12.18:コタバル〜12.18シンゴラ 16.12.19:シンゴラ〜12.19コタバル 16.12.19:第三水雷戦信令作第24号:       当地の陸揚は20日を以て打切る予定に付輸送船の当地引揚を見届け第十九驅逐隊はカムラン湾に       驅潜艇はシンゴラに回航すべし       シンゴラ方面の警戒は21日以後根據地隊に委任し占守等を20日夜半発カムラン湾に回航せしむべし 16.12.21:コタバル〜12.22シンゴラ附近〜12.24シンゴラ
17.01.03:戦時編制:聯合艦隊第一南遣艦隊第九根據地隊第十一驅潜隊 17.01.11:軍隊区分:機密馬來部隊命令作第15号(S作戦):馬來部隊護衛隊 17.01.11:シンゴラ〜01.13プロコンドル 17.01.20:軍隊区分:馬來部隊信電令作第8号(S作戦中止):根拠地部隊 17.01.21:軍隊区分:機密馬來部隊第一護衛隊命令作第2号:掃海支援隊 17.01.23:プロコンドル〜01.26エンドウ冲 17.01.28:エンドウ冲〜01.26アナンバス 17.01.29:アナンバス〜01.31カムラン
17.02.10:戦時編制:聯合艦隊第一南遣艦隊第十特別根據地隊第十一驅潜隊 17.02.--:軍隊区分:馬來部隊第二護衛隊 ?17.02.09:(あ号L作戦主力輸送船隊護衛)カムラン〜      〜02.15 1125 反転、一時北方避退〜      〜02.15 1700 ジャン角の39度10.2浬にて反転南下〜      〜02.16 1620 バヤン島北方に於いて浮流機雷1個処分〜      〜02.16 1800 ムーシ河口 17.02.16:2000 第一護衛隊電令作第2号:HIJK区哨戒配備に就く 17.02.18:2000 第二護衛隊指揮下を離れる 17.03.05:軍隊区分:機密馬來部隊命令作第18号:馬來部隊第一護衛隊 17.03.05:軍隊区分:機密馬來部隊第一護衛隊命令作第4号:直接護衛隊 17.03.06:セレター軍港〜03.06ケッペル西港 17.03.08:(あ号T作戦輸送船団護衛)ケッペル西港〜      〜03.08 1712 特設運送船廣隆丸」、木曾川丸」が船団に加入〜      〜03.09 0300 驅逐艦「綾波」、第一掃海隊、「第五號掃海艇」が合同〜      〜03.09 1830 驅逐艦「朝霧」が合同〜      〜03.09 2000 特設運送船「廣隆丸」、同「木曽川丸」が船団から分離し彼南に向かう〜      〜03.11 1130 巡洋艦「由良」が合同〜      〜03.11 2300 輸送船団と分離〜      〜03.11サバン及びクタラジャ附近 17.03.12:1450 機械故障 17.03.12:第一護衛隊電令作第8号:      1.陸軍輸送船は明13日1400頃揚陸終了の予定      2.香椎、第一掃海隊及び第十一驅潜隊は右輸送船をDiamond Point東方海面迄、適宜護衛したる後        香椎は昭南島に其の他は彼南に回航すべし 17.03.13:(輸送船護衛)クタラジャ沖〜      〜03.14 0900 ダイヤモンドポイントにて輸送船の護衛を終了〜      〜03.15彼南 17.03.14:1615 サバン〜03.15彼南 17.03.16:軍隊区分:機密馬來部隊第一護衛隊命令作第5号:直接護衛隊 17.03.20:彼南〜      〜03.22 2030 D点に於いて第一掃海隊と合同〜      〜03.23ポートブレア 17.03.24:0300 軍隊区分:第一護衛隊電令作第10号:南方隊編入 17.03.--:---- 特設水上機母艦相良丸」より燃料補給 17.03.26:第一護衛隊電令作第12号:      1.27日1000南方隊、北方隊の編制を解き哨区分担を左の通改む        川内 E(機宜行動)、第二十驅逐隊 GHIJ、第十九駆逐隊 DF、第一掃海隊 BC        第九號驅潜艇 A 17.03.27:第一護衛隊電令作第13号:       28日より夜間の哨戒は左の外各指揮官所定に依り実施すべし       川内は28日夜間チャタム島(八九)の249度1160米に仮泊、29日夜間B哨区東部を機宜行動       以後之を繰返す      1.甲班 第二十驅逐隊(朝霧欠)        乙班 第十九驅逐隊第一小隊、朝霧、第九號驅潜艇      2.哨戒配備 ABEF哨区      3.28日乙班、29日甲班の順、以後之を繰返す        毎日日没時本配備となり翌日0945第一護衛隊電令作第12号の配備に転換するものとす      4.仮泊錨地        驅逐艦 一番 チャタム島(八九)の295度1,550米            二番 同         244度1,680米            三番 同          89度 940米        驅潜艇 ロス島西側水道 17.03.28:2030 港内仮泊 17.03.29:0845 出動 17.03.30:0845 出動 17.03.30:第一護衛隊信令作第9号:       衣笠丸は本日午前中に揚陸作業終了の予定       第九號驅潜艇は衣笠丸と同航すべき國川丸を彼南沖迄護衛せよ       朝霧は明日0200頃迄右二船の護衛に協力し同日1300頃当地に帰還せよ 17.03.30:1200 軍隊区分:馬來部隊電令第64号(03.25附):第十驅潜隊 17.03.30:(「衣笠丸」「國川丸」護衛)ポートブレア〜      〜03.31 驅逐艦「朝霧」が護衛を終了〜      〜彼南沖にて護衛を終了〜
17.04.10:戦時編制:聯合艦隊南西方面艦隊第一南遣艦隊第十特別根據地隊第十一驅潜隊 17.06.12:軍隊区分:佛印根據地部隊指揮官の指揮を解く 17.06.19:ミリに派遣約10日間同附近の対潜警戒 17.07.上:交換船浅間丸」、同「Conte Verde」泊地附近の警戒 17.07.12:(S2船団護衛)昭南〜      〜ホワイトロック灯台の西10浬にて蘭貢行3隻を第九特別根據地隊に引継ぐ〜      〜ベラワンにて護衛終了 17.07.14:(船団護衛)ベラワン〜昭南 17.07.16:軍隊区分:佛印根據地部隊指揮官の指揮下 17.07.中:カムラン方面にて対潜掃蕩      〜07.25 第321船団護衛〜      〜07.27 一般徴傭船富山丸」が敵潜発見砲撃〜      〜07.28聖雀 17.08.15:軍隊区分:原隊復帰 17.08.27:軍隊区分:佛印根據地部隊 17.09.10:軍隊区分:機密佛印根據地部隊命令作第3号:佛印根據地部隊海上隊
17.11.20:戦時編制:聯合艦隊南西方面艦隊第一南遣艦隊第九特別根據地隊第十一驅潜隊 18.01.--:軍隊区分:佛印根據地部隊カムラン基地部隊 18.01.12:軍隊区分:昭南根據地部隊指揮官の指揮下(01.19まで) 18.02.07:(「永jロ」護衛)カムラン湾〜02.08聖雀 18.02.--:聖雀〜カムラン湾 18.03.06:カムラン湾〜タグネ島の東40浬附近にて対潜掃蕩〜       〜03.07 1500 「第十九號驅潜艇」が合同〜      〜03.09ツーラン 18.03.09:補給 18.03.10:ツーラン〜対潜掃蕩〜03.11キノン 18.03.11:補給 18.03.12:キノン〜対潜掃蕩〜03.12カムラン湾 18.03.16:カムラン湾〜対潜掃蕩〜03.17カムラン湾 18.03.17:補給 18.03.18:一般徴傭船「第二伏見丸」護衛 18.03.22:カムラン湾〜対潜掃蕩〜03.25カムラン湾 18.03.25:補給 18.04.27:カムラン湾〜      〜04.28 1410 第387船団を護衛開始〜      〜04.29 1054 第387船団の護衛終了、第388船団の護衛に向う〜      〜04.30 2020 「第十九號驅潜艇」と解列〜      〜第492船団護衛〜      〜西貢 18.05.03:(第492船団護衛)聖雀〜 18.05.23:(第497船団護衛)聖雀〜 18.06.03:(第401船団護衛)西貢〜      〜06.07 1525 護衛を止めカムランに向う〜      〜06.09カムラン湾 18.06.09:補給 18.06.14:カムラン湾〜06.15西貢 18.06.15:補給 18.06.16:西貢〜敵潜索敵〜      〜06.20 1715 対潜掃蕩打切り〜      〜06.21カムラン湾 18.06.21:補給 18.06.23:カムラン湾〜06.23カムラン湾 18.06.23:補給 18.06.26:カムラン湾〜      〜06.26 1920 「第十九號驅潜艇」と合同、対潜掃蕩〜      〜06.30 0800 対潜索敵打切り〜      〜07.01西貢 18.07.01:驅潜艇長:海軍大尉 仁科 俊郎 18.07.01:補給 18.07.05:西貢〜      〜07.06 0615 護衛を止め、西貢に向う〜      〜07.09西貢 18.07.09:補給 18.07.10:(第409船団護衛)西貢〜      〜07.12 ---- 「第十九號驅潜艇」が合同〜      〜07.14 1430 掃蕩打切り〜      〜07.14カムラン湾 18.07.14:補給   18.07.19:カムラン湾〜07.21三亞 18.07.21:補給 18.07.22:三亞〜敵潜掃蕩〜07.24カムラン湾 18.07.24:補給 18.07.25:カムラン湾〜      〜07.26 1435 タグネ島の112度15.6浬に於て敵潜探知、爆雷攻撃7個〜      〜07.28 1935 掃蕩打切り〜      〜07.29西貢 18.07.31:佛印海軍船渠にて入渠 18.08.06:出渠 18.08.08:西貢〜08.09プロコンドル 18.08.09:交代員並糧食揚陸、交代員収容 18.08.09:プロコンドル〜対潜哨戒〜08.10西貢 18.08.10:補給 18.08.13:西貢〜      〜08.14 0600 特設潜水母艦日枝丸」の敵潜との交戦現場着、敵潜索敵攻撃〜      〜08.16 0800 タグネ島の68度6.8浬にて爆雷攻撃5個〜      〜08.16カムラン湾 18.08.16:カムラン基地部隊指揮官乗艇 18.08.16:カムラン湾〜油湧出地点詳細調査〜08.17カムラン湾 18.08.17:カムラン基地部隊指揮官退艇 18.08.17:カムラン湾〜哨区哨戒〜08.19カムラン湾 18.08.19:補給 18.08.19:カムラン湾〜哨区哨戒〜08.20カムラン湾 18.08.20:カムラン湾〜哨区哨戒〜08.20カムラン湾 18.08.21:カムラン湾〜      〜08.21 0917 「蕪湖丸」に会合、護衛を開始〜      〜08.21 2130 護衛を止め、カムランに向う〜      〜08.22カムラン湾 18.08.22:補給 18.08.26:カムラン湾〜08.27西貢 18.08.27:補給、修理 18.09.01:西貢〜09.02カムラン湾 18.09.03:カムラン湾〜対潜掃蕩〜09.07カムラン湾 18.09.08:カムラン湾〜対潜掃蕩〜09.11カムラン湾 18.09.14:カムラン湾〜      〜特設運送船辰和丸」を護衛〜      〜09.16西貢 18.09.26:西貢〜09.26聖雀09.27〜09.30西貢 18.10.02:(第430船団護衛)西貢〜10.06カムラン湾 18.10.06:カムラン湾〜10.07カムラン湾 18.10.08:カムラン湾〜      〜10.10 0800 第328船団に会合、護衛開始〜      〜10.10 1817(N12.33-E110.12)敵潜水艦を探知、爆雷攻撃10個〜      〜10.11聖雀 18.10.12:聖雀〜10.12西貢 18.10.14:西貢〜第329船団護衛〜10.18聖雀 18.10.19:聖雀〜10.19西貢 18.10.20:驅潜艇長:海軍大尉 小寺 藤治 18.10.26:(船団護衛)西貢〜10.28カムラン湾 18.10.29:カムラン湾〜10.29カムラン湾 18.10.30:(船団護衛)カムラン湾〜11.02聖雀 18.11.--:軍隊区分:佛印根據地部隊附属 18.11.03:聖雀〜11.03西貢 18.11.08:(第440船団護衛)西貢〜北緯9度15分にて護衛終了〜11.11カムラン湾 18.11.11:(船団護衛)カムラン湾〜11.13西貢 18.11.19:西貢〜11.19聖雀 18.11.20:(第443船団護衛)聖雀〜11.24カムラン湾 18.11.25:(船団護衛)カムラン湾〜      〜11.26 対潜掃蕩〜      〜11.26 2300 対潜掃蕩打切り〜      〜11.28 対潜掃蕩〜      〜11.29 バレラ岬の74度11浬にて爆雷攻撃7個〜      〜11.30 1900 対潜掃蕩打切り〜      〜12.01聖雀 18.12.02:聖雀〜12.02西貢12.13〜12.13聖雀 18.12.14:(船団護衛)聖雀〜12.17カムラン湾 18.12.21:カムラン湾〜12.21ファンラン 18.12.22:(船団護衛)ファンラン〜12.25ツーラン12.26〜      〜12.28 護衛終了〜      〜12.28西貢 19.01.05:(船団護衛)西貢〜01.08西貢 19.01.10:軍隊区分:主隊 19.01.10:西貢〜 19.03.04:昭南〜03.05ラブアン03.07〜03.11昭南 19.03.15:昭南〜03.17サバン 19.03.17:サバン〜03.18アル湾03.19〜03.19パネ河入口仮泊03.20〜03.22サバン 19.03.23:サバン〜03.24彼南 19.03.25:機械修理 19.03.28:彼南〜03.29サバン 19.03.30:サバン〜04.02パダン 19.04.04:パダン〜04.05シカカップ04.05〜04.08昭南 19.04.09:昭南〜M一作戦〜      〜04.16 1800 哨区発彼南に向かう〜      〜04.16 2135 昭南に向かう〜      〜昭南 19.04.29:(護衛)昭南〜04.22聖雀 19.04.22:B-24と対空戦闘 19.04.23:聖雀〜04.23西貢 19.04.27:(護衛)西貢〜05.01昭南 19.05.03:ケッペルに回航、船体機関兵器修理 19.06.04:ケッペル〜06.04昭南 19.06.07:昭南〜訓練〜06.10昭南 19.06.14:(「永興丸」護衛)昭南〜06.16彼南 19.06.18:(「永興丸」「利水丸」護衛)彼南〜      〜06.19 2034(N05.59-E099.10)特設掃海母艦永興丸」被雷沈没〜      〜06.19彼南 19.06.19:遭難者退艇 19.06.19:彼南〜対潜掃蕩〜      〜06.22 1530(N06.20-E099.19)敵潜探知〜      〜06.22 1555 爆雷攻撃7個〜      〜06.22 1845 爆雷攻撃7個〜      〜06.23 0240(N06.17-E099.31)浮上潜水艦を発見、追跡するも見失う〜      〜06.24 1205 対潜掃蕩を止め彼南に向かう〜      〜06.25彼南
19.06.20:戦時編制:聯合艦隊南西方面艦隊第一南遣艦隊第十五特別根據地隊第十一驅潜隊 19.06.27:(「利水丸」護衛)彼南〜ポートブレア〜      〜07.09 特設運送船利水丸」をサバンに避退させ、オレレ沖敵潜攻撃に向かう〜 19.09.04:西方部隊電令作第145号:      1.大朝丸は貯糧品、自動車、燃料、治療品等を満載、9月6日昭南発ペナン経由カーニコバルに        輸送、昭南に帰投すべし      2.右護衛艦を、第九號驅潜艇に指示す      3.一三空司令は教務差支なき限り右船団の護衛を実施すべし 19.09.06:(「大朝丸」護衛)昭南〜09.08彼南 19.09.09:彼南根據地部隊信電令作第5号:      1.9日0830哨戒機北緯6度33分東経99度01分に於て敵浮上潜水艦発見、爆撃せるも効果不明      2.雁及び第九號驅潜艇(指揮官雁艇長)は準備出来次第出撃、右敵潜を撃滅すべし      3.大朝丸の出港を一時見合す 19.09.09:彼南〜      〜09.10 2330(N06.23-E097.45)敵浮上潜水艦発見〜      〜09.11 1150 爆雷攻撃7個〜      〜09.13彼南 19.09.15:(「大朝丸」護衛)彼南〜09.19カーニコバル09.22〜09.25彼南 19.10.--:軍隊区分:彼南根據地部隊 19.10.--:軍隊区分:彼南島防備部隊掃蕩隊 19.10.--:艦隊区分:第十一驅潜隊(2) 19.10.06:彼南根據地部隊電令作第33号:      1.初鷹作業を一時見合す、第二號驅潜特務艇第五十五號驅潜特務艇は敵潜を捕捉撃滅すべし      2.第九號驅潜艇は準備出来次第出撃、現場に急行、        第五十五號驅潜特務艇、第二號驅潜特務艇を指揮、敵潜攻撃に任ずべし 19.10.06:彼南〜対潜掃蕩〜10.09昭南 19.10.08:西方部隊電令作第162号:      1.永jロ(雁、第九號驅潜艇、第三十四號驅潜艇護衛)は準備出来次第、昭南商港発        ポートブレア方面緊急輸送に任ずべし、行動を予定し所要の向に報告通報すべし      2.以下略 19.10.10:(永jロ船団護衛)昭南〜10.15ポートブレア10.17〜10.21彼南 19.10.23:(船団護衛)彼南〜10.28ポートブレア10.29〜10.31ナンコウリ 19.11.01:驅潜艇長:海軍少佐 小寺 藤治 19.11.01:(天塩丸船団護衛)ナンコウリ〜11.03彼南 19.11.04:彼南根據地部隊電令作第39号:      1.第九號驅潜艇は速に出撃北緯3度14分東経99度50分に於て第五號掃海艇を攻撃せる敵潜を撃滅すべし      2.第五十五號驅潜特務艇は燃料之を許さば現場に急行せよ      3.第百十四號驅潜特務艇は船団を可及的接岸避泊せしめ之が警戒に任ずべし 19.11.04:彼南〜対潜掃蕩〜海興丸船団護衛〜11.10彼南 19.11.13:彼南〜敷設艦初鷹」機雷敷設警戒〜11.15彼南 19.11.16:彼南〜対潜掃蕩〜      〜11.16 爆雷攻撃計27個、残弾13個〜      〜11.17 1430 爆雷投下3個〜      〜11.19彼南 19.11.20:彼南〜敷設艦「初鷹」機雷敷設警戒〜11.21彼南 19.11.24:彼南〜敷設艦「初鷹」機雷敷設警戒〜11.25彼南 19.11.27:彼南〜対潜掃蕩〜11.28彼南 19.11.28:彼南根據地部隊信電令第1号:       第九號驅潜艇は便宜出港、呂號第百十三潜水艦の前路警戒に任じたる後、彼南に帰投すべし 19.11.28:彼南〜「呂號第百十三潜水艦」前路警戒〜11.29彼南 19.12.02:彼南根據地部隊信電令作第8号:       第八號驅潜艇、第九號驅潜艇は準備出来次第出撃、ムカ岬316度60浬の敵を撃滅すべし 19.12.02:彼南〜対潜掃蕩〜12.04彼南 19.12.04:彼南〜敷設艦「初鷹」護衛〜12.06昭南 19.12.--:ケッペルにて入渠 19.12.24:昭南〜12.24昭南(セレター) 19.12.26:西方部隊電令作第209号:      1.利水丸(護衛艦:第七號驅潜艇、第九號驅潜艇、第一京丸)は12月28日昭南発、ポートブレア、        カーニコバル(還送器材、人員等搭載)経由昭南に帰投すべし      2.九三六部隊指揮官は水偵2機乃至3機をポートブレアに派遣右船団入出港時の対潜警戒に        任ぜしむべし 19.12.28:(「利水丸」護衛)昭南〜01.03ポートブレア 20.01.03:ポートブレア〜対潜掃蕩〜01.05ポートブレア 20.01.06:(「利水丸」護衛)ポートブレア〜01.07カーニコバル01.07〜01.12彼南 20.01.10:驅潜艇長:海軍大尉 柳田 勉 20.01.19:西方部隊電令作第223号:      1.彼南根據地部隊指揮官は第九號及び第七號驅潜艇をして準備出来次第昭南発ポートブレア回航        アンダマン根據地部隊指揮官の指揮を受け陸軍部隊護衛作戦に任ぜしむべし      2.右の進出の途次、第十二特別根據地隊機密第181110番電第一項に依る大発二隻の護衛(状況に        より曳航)に任ぜしむべし 20.01.19:彼南根據地部隊信電令第2号:       第七號、第九號驅潜艇は21日彼南発、西方部隊電令作第223号に依る任務に従事すべし 20.01.21:(護衛)彼南〜01.25ポートブレア01.27〜01.28カーニコバル01.29〜01.30ポートブレア
20.02.05:戦時編制:聯合艦隊第十方面艦隊第一南遣艦隊第十五特別根據地隊第十一驅潜隊 20.03.05:(ヒ88I船団護衛)昭南〜03.15聖雀03.19〜      〜03.20 1725(N11.18-E106.57)「第二十一南進丸」「山國丸」「寶泉丸」、             特設驅潜艇開南丸」被雷沈没〜      〜03.21 1115(N12.30-E109.00)本船、「第六高砂丸」被爆小破、   「第三十三號驅潜艇」、電纜敷設艇立石」、海軍徴傭船「第二伏見丸」沈没〜      〜03.21ナトラン 20.03.28:(ヒ88I・J船団護衛)ナトラン〜03.30楡林 20.04.06:第二工作部前よりOSK桟橋に繋留替え 20.04.11:第二工作部繋船池よりOSK桟橋に繋留替え 20.04.28:第二工作部岸壁よりOSK桟橋に繋留替え 20.05.09:繋留替え 20.07.05:驅潜艇長:海軍大尉 藏重 恒雄
20.08.15:残存 20.12.20:驅潜隊編制:内令第14号:第十一驅潜隊より削る  20.12.20:除籍:内令第15号
20.12.20:入籍:内令第16号:特別輸送艦、呉地方復員局所管 20.12.20:改名:内令第12号:驅潜第九號 21.01.10:艦長:第二復員官 西垣 英夫 21.04.01:類別等級削除:軍令第1号(自然消滅) 21.09.05:復二第230号:特別保管艦に指定(07.27附) 22.03.25:復二第203号:佐世保地方復員局所管に変更 22.09.20:艦長:復員事務官 佐藤 百太郎
22.10.03:除籍:復二第751号

同型艇

 第四號第五號第六號第七號第八號第十號第十一號第十二號

兵装

(計画時)
 毘式四十粍二聯装機銃1基、
 三八式歩兵銃17挺、十四年式拳銃6丁、 
 九三式水中聴音機1基、九三式一型探信儀1基、
 九四式投射機2基、爆雷装填台三型2基、爆雷投下軌道1基、九五式爆雷36個。

写真資料

 雑誌「丸スペシャル」潮書房 No.49「駆潜艇・哨戒艇」 (P.26)
 雑誌「丸Graphic Quarterly」潮書房 No.20 「写真集 日本の小艦艇(続)」(P.41)
 雑誌「世界の艦船」海人社 1978年7月号増刊「写真集・日本軍艦史<3>昭和編」(P.104)
 雑誌「世界の艦船」海人社 1996年2月号増刊「日本海軍護衛艦艇史」(P.69)
 「歴史群像」学習研究社 太平洋戦史シリーズ51 真実の艦艇史(2)(P.148)
 「海軍 第十一巻 小艦艇 特務艦艇 雑役船 特設艦船」誠文図書 S56.09 「海軍」編集員会(P.55)

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