廣隆丸の船歴

 年 月 日:船歴

05.10.11:起工 06.08.30:進水、命名:廣隆丸 06.12.02:竣工
06.12.03:長崎〜12.06神戸〜オーストラリア。大同海運扱い 10.07.23:サンフランシスコ南方10浬にて米商船と衝突、船首破損
16.11.16:徴傭
16.11.20:軍隊区分:マレー攻略作戦附属部隊配属 16.11.--:内地〜南方前進基地(石炭7,000瓲、ボイラー油2,500瓲積載) 16.12.01:第一南遣艦隊附属 16.12.08:三菱重工業株式會社長崎造船所にて艤装工事完了
16.12.10:入籍:内令第1623号:特設運送船(給炭油船)、呉鎮守府所管
16.12.10:戦時編制:聯合艦隊所属、特設運送船(乙) 16.12.10:監督官:海軍大佐 水野 孝吉 16.12.04:マレー部隊の補給(02.10まで) 17.01.10:アナンバス諸島基地占領作戦。アナンバス基地部隊配属。基地占領、設営、水上基地設営支援      〜01.14プロコンドル 17.01.24:プロコンドル〜01.26アナンバス01.27〜01.29聖雀01.30〜01.31西貢 17.01.27:軍隊区分:第九根據地隊指揮下 17.02.16:第一護衛隊信電令作第2号:      2.左に依り夜間各隊毎に一艦宛て燃料を補給すべし        16日 廣隆丸 第十一驅逐隊(各100瓲)、第十一驅潜隊(満載)           永興丸 第一掃海隊        17日 廣隆丸、永興丸 第一掃海隊 17.02.20:シンガポール水路け啓開作戦補給部隊。補給、警戒 17.02.23:ペナン、サバン、アンダマン方面の補給 17.02.25:軍隊区分:第九特別根據地隊司令官指揮下
17.03.08:昭南〜      〜03.08 1712 特設運送船木曾川丸」と共にあ号T作戦輸送船団に加入〜      〜03.09 0300 驅逐艦「綾波」、第一掃海隊、「第五號掃海艇」が合同〜      〜03.09 1830 驅逐艦「朝霧」が合同〜      〜03.09 2000 船団から分離〜      〜03.10彼南 17.03.17:馬來部隊信令第186号:      1.廣隆丸、第二號春日丸は明18日0800ペナン発サバン島に回航すべし      2.叢雲は右二船を18日夕刻迄護衛したる後ペナンに帰投せよ 17.03.18:彼南〜      〜03.18 驅逐艦「叢雲」の護衛が終了〜      〜03.19サバン 17.03.23:サバン〜03.24ポートブレア 17.03.25:馬來部隊電令第64号:       D作戦概成後に於ける第一護衛隊、衣笠丸及び廣隆丸の行動左の通定む(國川丸は第十一航空艦隊       所定に依り行動)      5.廣隆丸は任務終了後、シンガポールに回航、第一〇一軍需部長、第一〇一航空廠長所定の        航空燃料、爆弾、糧食搭載、サバン島及びポートブレアに輸送 17.03.26:2100 港内転錨、「第一號掃海艇」「第五號掃海艇」に燃料補給 17.03.27:1500 「第三號掃海艇」「第四號掃海艇」、第十九驅逐隊、驅逐艦「夕霧」、同「朝霧」に燃料補給 17.03.28:1245 驅逐艦「天霧」、同「白雲」に燃料補給 17.03.28:ポートブレア〜04.04西貢 17.04.07:西貢〜04.13サバン 17.04.10:軍隊区分:インド洋作戦の南方部隊 17.04.15:サバン〜04.18ポートブレア04.21〜04.24ペナン 17.05.03:ペナン〜05.05昭南05.11〜05.14西貢 17.05.16:西貢〜05.17カムラン05.22〜05.24三亞05.30〜05.31カンファ〜06.05馬公06.07〜06.12大阪 17.06.12:入渠 17.07.10:監督官:海軍大佐 西尾 不二彦 17.07.20:出渠 17.07.21:呉〜昭南 18.05.10:サバン〜シボルガ 18.05.25:西尾大佐横須賀鎮守府附被仰付
18.05.--:〜06.01ペナン 18.07.13:バリクパパン〜      〜07.14 1830(S04.01-E113.23)特設運送船昌平丸」、特設砲艦億洋丸」分離〜      〜07.15 1930(S03.45-E108.40)「第十六號掃海艇」が護衛を止む〜      〜07.16昭南 18.08.06:サバン〜08.07ニコバル08.07〜08.08ブレア08.09〜08.11サバン
19.01.01:(現在)軍隊区分:南西部隊西方部隊 19.01.01:(現在)石炭1,300t、雑貨4t揚陸、錫720t、空ドラム5,256缶搭載(01.07まで) 19.01.07:ペナン〜01.09ケッペル 19.01.09:錫250t、雑貨6t、石炭750t揚陸(01.11まで) 19.01.11:ケッペル〜01.11セレター 19.01.11:石炭1,660t、錫370t、セメント1,000t、空ドラム6,526缶揚陸(01.15まで) 19.01.16:入渠 19.01.22:出渠 19.01.23:航空燃料、雑貨搭載(01.31まで)
19.02.--:パダン在泊 19.02.--:石炭5,206t、セメント2,000t、自動車8台、トラクター1台、      空ドラム1,600缶、雑品等搭載(03.01まで) 19.03.12:便乗者26名乗船 19.03.13:パダン〜03.15サバン 19.03.15:便乗者12名退船 19.03.16:石炭1,000t、セメント2,000t揚陸、空ドラム2,065個、雑貨60t搭載 (03.23まで) 19.03.--:サバン工作部にて七粍七機銃架台新設 19.03.23:便乗者67名乗船 19.03.23:サバン〜03.24ペナン 19.03.25:便乗者81名退船 19.03.25:石炭1,000t、雑貨15t揚陸、      空ドラム大6,109缶、同小1,502缶、雑貨33t、錫100t搭載(03.31まで)
     (石炭1,000瓲、ガソリン1,300本、重油1,600瓲) 19.04.19:(シサ17船団)昭南〜04.22聖雀
19.04.22:沈没 19.06.10:除籍:内令第752号 19.06.10:解傭
喪失場所:N10.00-E107.30 聖雀沖 喪失原因:米空軍第14航空隊のB-24 5機による空爆、直撃弾4発

同型船

 廣盛丸高榮丸廣徳丸高瑞丸

兵装

 要調査

写真資料

 雑誌「海と空」臨時増刊「日本船舶画報」S12.06 海と空社 (P.80)
 雑誌「海運」日本海運集会所出版部 昭和6年10月号、昭和6年12月号
 雑誌「世界の艦船」海人社 2011年10月号「思い出の日本貨物船その182」
 雑誌「船の科学」船舶技術協会 1987年6月号「日本商船隊の懐古 No. 95」山田早苗
 「商船建造の歩み」 S34.08 三菱造船株式会社(P.95)
 「船舶史稿」船舶部会「横浜」第二十一巻(P.171)
 "ONI 208-J Japanese Merchant Ships Recognition Manual" (P.162)
 "City of Vancouver Archives", Reference code: AM1506-S3-2-: CVA 447-2375

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