大朝丸の船歴

 年 月 日:船歴

15.05.23:起工 17.06.18:進水、命名:大朝丸 17.11.01:竣工、大朝汽船株式會社
17.12.21:(東行第51船団)〜東京 17.12.28:(西行第86船団)〜大阪 18.02.08:(第8208船団)〜東京 18.02.15:(第7215船団)〜大沽 18.04.01:門司〜04.03珍島 
18.11.02:徴傭:一般徴傭船(雑用船)、呉鎮守府所管、南西方面艦隊配属
18.--.--:船主:大洋興業株式會社に変更
19.01.01:入籍:内令第16号:特設運送船(雑用船)、呉鎮守府所管
19.--.--:戦時編制:聯合艦隊南東方面艦隊所属、特設運送船(乙) 19.06.11:アンボン〜06.12ソロン06.15〜06.19アンボン 19.06.14:濠北部隊電令作第123号:在カシム人員資材をアンボンに輸送 19.06.21:軍隊区分:南西部隊電令作第441号:西部方面部隊指揮下 19.06.26:アンボン〜06.26ナムレア 19.06.26:特設驅潜艇第五拓南丸」が護衛終了、特設驅潜艇第十七昭南丸」が護衛継承 19.06.27:ナムレア〜06.27ベスビアス湾 19.06.27:特設驅潜艇「第十七昭南丸」の護衛終了 19.06.28:ベスビアス湾〜06.30チョロ西口〜07.02マカッサル 19.07.05:特設捕獲網艇漢江丸」が護衛に加入 19.07.05:マカッサル〜      〜07.07 ラウト島北方にて「第四號掃海艇」の護衛終了〜      〜07.07バリクパパン 19.09.04:西方部隊電令作第145号:      1.大朝丸は貯糧品、自動車、燃料、治療品等を満載、9月6日昭南発ペナン経由カーニコバルに        輸送、昭南に帰投すべし      2.右護衛艦を第九號驅潜艇に指示す      3.一三空司令は教務差支なき限り右船団の護衛を実施すべし 19.09.06:昭南〜09.08彼南 19.09.09:彼南根據地部隊信電令作第5号:      1.9日0830哨戒機北緯6度33分東経99度01分に於て敵浮上潜水艦発見、爆撃せるも効果不明      2.雁及び第九號驅潜艇(指揮官雁艇長)は準備出来次第出撃、右敵潜を撃滅すべし      3.大朝丸の出港を一時見合す 19.09.15:彼南〜09.19カーニコバル09.22〜09.25彼南〜昭南 19.10.08:昭南〜      〜10.09 1535 「第三十四號掃海艇」が爆雷攻撃〜      〜10.09 1600 「第四十二號驅潜特務艇」と合同〜   〜10.11 0910 「第三十四號掃海艇」が爆雷攻撃〜      〜10.11サバン 19.10.12:サバン〜10.15昭南(軍港) 19.12.06:西方部隊電令作第192号:昭南−サバン間軍需品其の他輸送 19.12.07:昭南〜12.10サバン12.12〜12.15昭南 19.12.19:西方部隊電令作第200号:10月21日昭南発、昭南−ジャカルタ間軍需品輸送 19.12.21:昭南〜12.21べルハラ海峡北口12.22〜      〜12.22 1214 第四號掃海艇が分離先航しバンカ海峡北口の前路掃蕩に向う〜      〜12.22ムントク泊地 19.12.22:ムントク泊地〜12.24タンジョンプリオク(港外) 19.12.27:第二岸壁横付け荷役中、爆沈
19.12.27:沈没 20.02.05:除籍:内令第101号 20.02.01:解傭
喪失場所:S06.15-E106.45 ジャカルタ、タンジョンプリオーク港第二埠頭 喪失原因:爆発事故

同型船

 要調査。

兵装

 要調査

写真資料

 なし。

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