日威丸の船歴

 年 月 日:船歴

14.02.15:起工 14.07.05:進水、命名:日威丸 14.10.26:竣工
14.12.11:神戸〜ボンベイ航路(大阪商船の傭船)
16.11.16:徴傭 16.11.18:株式會社川崎造船所にて艤装工事開始 16.12.01:入籍:内令第1573号:特設運送船(給兵船)、呉鎮守府所管
16.12.01:戦時編制:聯合艦隊所属、特設運送船(甲) 16.12.01:監督官:海軍大佐 飯倉 克己 16.12.08:呉在泊 16.12.26:艤装工事完了 17.01.01:呉在泊 17.03.23:呉〜 17.04.10:インド洋作戦      〜05.03神戸 17.05.11:呉にて巡洋艦「熊野」、同「鈴谷」に弾薬補給 17.05.13:呉にて巡洋艦「三隈」、同「最上」に弾薬補給 17.09.09:呉〜トラック 17.10.05:トラック〜      〜ムリロ諸島東方附近にて驅逐艦「江風」が護衛を終了〜      〜呉 17.--.--:呉〜 〜11.28 敷設艇怒和島」が深島まで護衛〜      〜12.08呉 17.12.05:監督官:海軍大佐 平田 良之 17.12.09:呉〜12.10佐世保 17.12.13:佐世保〜トラック 18.05.25:指揮官:海軍大佐 平田 良之 18.06.09:前進部隊信令第313号:       ~通、長良マーシャル方面輸送物件搭載用として各艦(船)は左に依り大発を同艦に派出すべし      2.長良用 ~風丸、日威丸大発各一 6月12日より3日間 18.06.25:トラック〜07.04横須賀 18.07.19:軍隊区分:機動部隊電令作第96号:附属 18.07.19:(南海第四防備隊第二次進出部隊輸送)内海西部〜      〜07.28トラック08.02〜08.05ラバウル(揚陸)〜トラック 18.08.27:(第4827船団)トラック〜09.04横須賀 18.10.09:(第3009甲船団)横須賀〜10.14トラック 18.11.20:(第2202船団)ラバウル〜トラック向け 18.11.21:1235 (S01.55-E149.39)船橋右舷に直撃弾2発、至近弾2発、発火炎上         至近弾により外舷より内部に引火         曳航作業員を残し特設運送船金耶磨山丸」に退避      1430 三番艙上部甲板火炎により防火員接近困難、消火見込みなし      1500 船橋附近再び発火、火勢猛烈      1530 総員「金耶麻山丸」へ移るよう驅逐艦「朝凪」から命令      1630 総員退避
18.11.25:沈没 19.01.05:除籍:内令第54号 19.01.05:解傭
喪失場所:S01.55-E149.33ムッサウ島南沖40km付近 喪失原因:米空軍B-24爆撃機による空爆、

同型船

 興新丸朝風丸日産丸日立丸日朗丸日張丸日瑞丸

兵装

 八糎砲1門、七粍七単装機銃1基。

写真資料

 雑誌「海運」日本海運集会所出版部 昭和14年12月号
 雑誌「海と空」臨時増刊「日本船舶画報2600年版」S15.04 海と空社(P.8)
 雑誌「船の科学」船舶技術協会 1993年5月号「日本商船隊の懐古 No.166」山田早苗
 雑誌「丸エキストラ戦史と旅」26 潮書房
 「海軍第十一巻 小艦艇 特務艦艇 雑役船 特設艦船」誠文図書 S56.09 「海軍」編集委員会(P.234) 
 「船舶史稿」船舶部会「横浜」第十三巻(P.76)

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