東海丸の船歴

 年 月 日:船歴

04.11.26:起工 05.05.15:進水、命名:東海丸 05.07.14:竣工、登録総噸数:8,365、登録純噸数:5,046
--.--.--:紐育急行線(比律賓〜香港〜基隆〜上海〜大沽〜神戸〜伊勢湾〜横浜〜羅府〜      〜クリストバル〜プエルトコロンビア〜紐育〜ハンプトンローヅ〜サバナ〜      〜クリストバル〜羅府〜横浜〜大阪〜神戸〜大連〜上海〜香港〜比律賓) 08.08.20:基隆港口の灯台下で座礁 09.--.--:登録総噸数:8,359、登録純噸数:5,047に変更 13.07.10:紐育経由欧州線 14.--.--:登録純噸数:5,038に変更 16.--.--:〜07.15パナマ〜09.09帰国
16.10.12:徴傭:一般徴傭船(雑用船) 16.--.--:〜10.20神戸 16.10.21:神戸〜横須賀〜芝浦 16.11.08:芝浦〜11.14トラック 16.12.03:トラック〜12.04ポナペ01.02〜01.05ロタ01.09〜01.14横須賀〜01.14芝浦 17.01.--:運輸機密第97番電:軍需品輸送 17.01.25:横須賀〜02.01クエゼリン 17.02.10:クエゼリン〜02.11ウオッチェ02.16〜02.16タロア02.22〜02.22メジュロ02.25〜      〜02.25イミエジ03.01〜03.03ポナペ03.12〜      〜03.20門司 17.03.20:門司〜徳山〜呉〜04.02佐世保
17.04.10:入籍:内令第663号:特設運送船(雑用船)、呉鎮守府所管
17.--.--:戦時編制:海軍省配属、呉鎮守府所属、特設運送船(乙) 17.04.02:佐世保〜04.07ダバオ04.08〜04.13スラバヤ 17.04.16:1230 敷設艇」を横付け、炭水補給 17.04.22:スラバヤ〜04.27ダバオ04.30〜05.06ホンゲイ05.08〜05.08カンファ 17.05.12:カンファ〜05.20伏木 17.05.23:伏木〜新潟〜室蘭〜05.30芝浦06.04〜06.04横須賀 17.06.06:横須賀〜06.12トラック 17.06.28:トラック〜07.01アンガウル07.01〜07.01パラオ 17.07.04:パラオ〜07.04アンガウル07.08〜07.13神戸 17.07.13:艤装工事開始 17.08.01:艤装工事完了 17.08.01:神戸〜08.03三池08.04〜08.05徳山08.08〜08.09大阪 17.08.12:大阪〜08.16高雄 17.08.19:高雄〜08.24昭南 17.08.26:昭南〜08.28西貢09.06〜09.10高雄 17.09.13:高雄〜09.17大阪 17.09.27:大阪〜09.29舞鶴10.02〜10.03元山10.04〜10.05門司 17.10.06:門司〜10.09高雄 17.10.13:高雄〜10.16海防 17.10.23:海防〜10.24カンファ 17.10.28:カンファ〜10.31高雄 17.11.01:高雄〜11.01馬公11.04〜11.09大阪 17.11.16:大阪〜11.16神戸11.19〜11.20横須賀 17.11.24:横須賀〜11.27室蘭11.30〜12.02横浜 17.12.03:横浜〜12.03川崎12.06〜12.08神戸 17.12.--:入渠、修理 17.12.26:修理完了 17.12.26:神戸〜12.27東京12.31〜横浜01.06〜01.06横須賀 18.01.11:横須賀〜01.16サイパン01.21〜 18.01.26:1614(N13.27-E144.37)大宮島アプラ港にて米潜水艦Flying Fish(SS-229)の雷撃で損傷 18.02.--:特設砲艦勝泳丸」に電纜を移載
18.05.05:(「東京丸」が曳航)大宮島〜      〜05.05 (N13.27-E144.35)大宮島アプラ港外にて米潜水艦Permit(SS-178)の雷撃で損傷〜      〜大宮島 18.08.27:(N13.31-E144.37)大宮島アプラ港E浮標に繋留中、      1424 米潜水艦Snapper(SS-185)の雷撃を機関室左舷側第四、五番艙左舷側に受け、         船体が約40度左舷側に傾斜するとともに急速に船尾より沈下      1440 大宮島警備隊派遣の救助艇により全員救助      1803 E浮標と共に沈没
18.08.27:沈没 18.12.01:除籍:内令第2564号 18.12.01:解傭
喪失場所:N13.31-E144.37 大宮(グアム)島アプラ港 喪失原因:米潜水艦Snapper(SS-185)の雷撃

同型船

 畿内丸山陽丸北陸丸南海丸北海丸關東丸關西丸

兵装

 要調査

写真資料

 雑誌「世界の艦船」海人社 2000年6月号「思い出の日本貨物船その46」
 雑誌「船の科学」船舶技術協会 1990年1月号「日本商船隊の懐古 No.126」山田早苗
 「汽船表(別冊冩眞帳)」S13 海軍省軍務局編
 「船舶史稿」船舶部会「横浜」第六巻(P.109)
 「商船建造の歩み」 S34.08 三菱造船株式会社
 「商船が語る太平洋戦争」H14.05 野間恒
 「商船三井船隊史」 H21.04 野間恒(P.140)
 「商船三井 船舶史 1884-2010」 H22.12 木津重俊
 "ONI 208-J Japanese Merchant Ships Recognition Manual" (P.48)
 "ONI 208-J (Revised) Japanese Merchant Ships Recognition Manual (1944)" (P.77)
 "Naval History and Heritage Command" Catalog #:NH 46384-46385

備考

「商船が語る太平洋戦争」(P.119)には「東京丸」による曳航作業の話が次のように掲載されております「昭和18年8月下旬(日時特定不能)グアム島アプラ港内で係留中に、港外から米潜水艦の雷撃を受けて損傷。ラバウルから横須賀向けて帰航中の僚船・東京丸(中略)に曳航指令が出される。東京丸は8月25日グアム着、26日に...」。しかし、当時「東京丸」はラバウル在泊中でした。"The Official Chronology of the U.S. Navy in World War II"によれば上記のように本船は三度雷撃を受けており、その中で「東京丸」の行動と合致するのは昭和18年5月の雷撃時だけで「東京丸」は5月4日にグアム島に入港しています。また第四艦隊戦時日誌でも昭和18年5月5日に東京丸が曳航中に雷撃を受けたことが記されています。(但し場所はサイパンになっている)「大東亜戦争徴傭船舶行動概見表甲第3回」では8月27日の遭難状況を1月27日の遭難状況として記録してありますが、前述の米側の記録や「同第4回」の記録から1月の攻撃は26日であり、「同第4回」や「戦争による遭難船舶事故・海難報告書」(JACAR:C08050120400)から推察し詳細な遭難状況は8月27日のものと思われます。


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