第二菱丸の船歴

 年 月 日:船歴

11.08.10:起工 11.11.30:進水、命名:第二菱丸 12.02.01:竣工、船主:扇町タンカー株式會社、船籍港:東京、登録純噸数:552
--.--.--:川崎を基点に天津、上海方面へのガソリン輸送 16.--.--:登録純噸数:548に変更 16.09.09:艤装工事開始
16.09.09:徴傭 16.09.09:船長:海軍嘱託 植田 吉介(部内限り奏任官待遇) 16.09.20:入籍:内令第1093号:特設運送船(給油船)、呉鎮守府所管
16.10.21:艤装工事完了 16.--.--:戦時編制:聯合艦隊所属、特設運送船(乙) 16.12.02:徳山〜12.09パラオ(ダバオ攻略作戦参加船への給油)〜01.08カムラン湾〜西貢03.09〜      〜昭南〜ペナン〜 17.04.01:軍隊区分:ナウル、オーシャン攻略作戦主力部隊給油船      〜04.23呉 17.04.--:短八糎砲装備 17.05.--:軍隊区分:基地航空部隊      〜05.20大阪 17.05.23:大阪〜05.24呉 17.05.29:呉〜06.06加能別〜06.21アッツ 17.07.14:軍隊区分:キスカ防備隊の基地航空隊附属 17.07.--:鳴神島 17.08.--:鳴神島 17.08.11:軍隊区分:北方部隊解除      〜09.06呉 17.09.26:軍隊区分:聯合艦隊電令作第311号:基地航空部隊 17.10.04:呉〜10.16ラバウル10.17〜10.18カビエン 17.11.01:(現在)軍隊区分:南東方面部隊基地航空部隊輸送及び補給部隊 17.12.11:バリックパパン〜 17.12.11:1630 護衛の「第七警南丸」と分離〜 17.12.12:1000 護衛の「照南丸」と合流〜12.13マカッサル港外12.13〜12.13マカッサル 17.12.14:マカッサル〜 17.12.14:2200 護衛の「照南丸」と分離〜 17.12.16:1700 速力の差により同航の特設運送船共榮丸」と分離〜ラバウル 17.12.30:カビエン、特設掃海艇第二文丸」へ給油 18.01.01:軍隊区分:基地航空部隊附属 18.02.14:軍隊区分:機密基地航空部隊命令作第19号:附属 18.02.15:中部ソロモン及び東部ニューギニア方面防衛強化作戦の基地航空隊附属 18.02.26:トラック〜      〜02.27 1100 「第十號驅潜艇」解列、運送艦鶴見」の後尾につける〜      〜03.05 1500 運送艦「鶴見」分離〜      〜03.14ダバオ 18.04.09:ラバウル〜04.14トラック 18.04.28:トラック〜05.03クエゼリン 18.08.09:クエゼリン〜08.14トラック〜08.28呉 18.08.21:船主:三菱石油株式會社へ変更 18.09.04:呉〜09.04因島 18.09.--:修理 18.10.05:因島〜10.05呉 18.10.04:植田船長嘱託を解く --.--.--:船長:乃万 常太郎 18.10.15:呉〜10.15佐伯 18.10.20:(オ010船団)佐伯〜10.29パラオ 18.12.01:船主:三菱汽船株式會社へ変更 18.12.01:(第8012船団)パラオ〜12.08トラック 19.02.09:軍隊区分:邀撃部隊電令第40号:附属 19.02.10:邀撃部隊電令第49号:      1.~風丸、日朗丸、佐多、第二菱丸はトラック発パラオに回航すべし      2.濱波は第二海上護衛隊司令官の指揮を承け右船団の護衛に任ずべし 19.02.12:(第7125船団)トラック〜      〜02.14 1224 船団が雷撃を受け驅逐艦「濱波」が爆雷攻撃〜      〜02.15 1710 驅逐艦「濱波」が脅威投射〜      〜02.17 2205 運送艦佐多」被雷航行不能〜      〜02.17 2206 特設運送船日朗丸」被雷轟沈〜      〜02.19パラオ 19.02.21:パラオ〜02.26タラカン03.04〜03.06バリックパパン 19.03.15:(オ507船団)バリクパパン〜      〜03.16 1530 護衛の驅逐艦「滿潮」と合流〜   〜03.17 0200 驅逐艦「滿潮」が護衛を止め帰投〜       〜03.20 0800頃 「第五十一號驅潜特務艇」「第五十三號驅潜特務艇」が護衛加入〜      〜03.21 0930 「第二十七號驅潜特務艇」と合流〜      〜03.22 0710 運送艦石廊」雷撃を受け前部に1本被雷〜      〜03.23パラオ 19.03.30:パラオにて第58機動部隊艦載機による空襲で中破、応急修理     :船長:島部 19.04.30:パラオ〜05.03ダバオ05.11〜05.14ボンガオ05.18〜05.19タラカン 19.05.06:軍隊区分:聯合艦隊電令作第76号:TYF指揮下 19.05.20:船主:近海油槽船運航株式會社へ変更 19.05.27:タラカン〜05.29バリックパパン〜スラバヤ(修理) 19.06.26:スラバヤ〜      〜06.26 2040 メンパ泊地仮泊〜      〜06.27 0655 メンバ泊地発〜      〜06.28 0915 一般徴傭船洋制丸」は機械故障のため船団と分離〜      〜06.29 2003 ラウト水道入口仮泊〜      〜06.30 0700 ラウト水道入口発〜      〜06.30コタバル 19.07.--:コタバル〜バリックパパン(ガソリン搭載)〜マニラ      〜タウイタウイ(ガソリン搭載) 19.07.18:(鶴見船団)ザンボアンガ〜07.18マリゲイ湾07.19〜07.19レバク湾07.20〜      〜07.20サランガニ湾グラン07.21〜07.21ダバオ湾マララグ07.22〜07.22ダバオ 19.07.25:(Z258船団)ダバオ〜      〜07.25 1452 哨戒機が右140度陸岸近くに爆弾投下、          「第四十九號驅潜艇」「第五十八號驅潜艇」が攻撃に向う〜      〜07.25 1600 「第百二十七號特設輸送艦」、一般徴傭船柳河丸」、特設驅潜艇第二鶚丸」、          特設捕獲網艇第一號東光丸」が船団より分離サランガニ湾に向う〜      〜07.27 0055(N05.20-E121.43)米潜水艦"Dace"(SS-247)の雷撃を受け          特設運送船第二共榮丸」が被雷〜      〜07.27ザンボアンガ 19.08.16:(D161船団)ザンボアンガ〜      〜08.16 1230 機械故障〜      〜08.16 1330 故障復旧〜      〜08.16 1414 潜望鏡らしきものを認め「第三十號掃海艇」が爆雷攻撃〜      〜08.18 0012(N04.50-E124.35)敵B-24 1機来襲、投弾2個〜      〜08.18 0120(N04.53-E124.42)敵B-24 1機来襲、投弾2個〜      〜08.18 「第三十號掃海艇」は船団を先行させ単独対潜掃蕩〜      〜08.18マララグ 19.08.19:(D161船団)マララグ〜08.19ダバオ 19.08.--:ダバオ〜マララグ 19.08.22:(Z222船団)マララグ〜      〜08.22 0720 「第三十號掃海艇」は陸岸家屋を銃砲撃〜      〜08.22 0854 「第三十號掃海艇」は威嚇投射4個〜      〜08.22 0851(N06.08-E125.44)陸軍徴傭船立石丸」が敵潜水艦の雷撃2本を受けるが回避〜      〜08.22 1800 「第三十號掃海艇」は掃蕩を打切り船団と合同〜      〜08.22グラン 19.08.23:(Z222船団)グラン〜      〜08.23 0304 敵大型機の触接を受ける〜      〜08.23 0430 特設驅潜艇第十二京丸」が対空戦闘〜      〜08.24ザンボアンガ 19.09.01:ザンボアンガ〜09.01ホロ09.02〜09.02ボンガオ09.03〜09.03ツルザン水道09.04〜      〜09.04タラカン 19.09.下:船長代理:北川 克孝 19.10.--:ガソリン搭載 19.10.--:バリックパパン〜11.06マニラ 19.11.--:ガソリン揚陸     :船長:末田 順吉 19.11.--:食糧品搭載 19.11.08:(B02船団)マニラ〜バリックパパン向け航行中、船橋直前に2発被雷
19.11.09:沈没 20.01.10:除籍:内令第35号 20.01.10:解傭
喪失場所:N12.24-E120.45 ミンドロ海峡アポ島南東80km付近 喪失原因:米潜水艦Haddo(SS-255)の雷撃

同型船

 なし。

兵装

 短八糎砲1門、機銃

写真資料

 雑誌「海運」日本海運集会所出版部 昭和12年1月号
 雑誌「船の科学」船舶技術協会 1986年10月号「日本商船隊の懐古 No. 87」山田早苗
 雑誌「世界の艦船」海人社 2014年4月号「思い出の日本貨物船その212」
 「日本郵船戦時戦史下巻」S46.05 日本郵船株式会社(P.728)
 「新三菱神戸造船所五十年史」 S32.04 新三菱重工業株式会社神戸造船所 (P.152)

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