松榮丸の船歴

 年 月 日:船歴

12.08.25:起工 12.12.24:進水、命名:松榮丸(しょうえいまる) 13.02.26:竣工、船籍港:兵庫縣精道村
15.11.--:市制施行により船籍港:芦屋
16.01.13:徴傭 16.03.01:入籍:内令第170号:特設工作艦、横須賀鎮守府所管
16.03.01:特務艦長:海軍大佐 池内 正方 16.03.01:佐世保海軍工廠にて艤装工事開始 16.04.10:戦時編制:聯合艦隊第四艦隊 16.04.23:佐世保海軍工廠にて艤装工事完了 16.04.--:佐世保〜04.26横須賀 16.04.--:残工事 16.05.18:横須賀〜05.29ジャボール 16.05.20:特設砲艦勝泳丸」と混同しやすいので、部内限り「まつえまる」と呼称 16.07.07:ジャボールにて特設砲艦大同丸」を横付け、前部外板及び艦橋下外板修理(07.09まで) 16.07.09:ジャボールにて特設砲艦朝海丸」を横付け、錨鎖車その他修理施行 16.08.11:特務艦長:海軍大佐 松本 象二郎 16.09.01:艦隊区分:第四艦隊機密第228番電:(400)附属(1) 16.10.29:ミント礁にて特設砲艦「朝海丸」警戒任務 16.12.02:トラック〜12.08クエゼリン12.12〜12.13ルオット 16.12.13:官房機密第11631号:水中瓦斯切断器装備の件訓令 16.12.--:特設巡洋艦金剛丸」を修理 16.12.21:ルオット〜12.22クエゼリン 16.12.30:特設砲艦大同丸」の錨鎖五節を修理 17.01.07:クエゼリン〜01.12トラック 17.02.20:トラック〜02.23トラック 17.03.06:官房機密第411番電:AA前進航空基地に      魚雷同時調整18本格納数54本実用頭部格納108個宛ての装備      4月末日まで可及的すみやかに施行の件訓令 17.03.12:トラック〜03.14ポナペ 17.03.13:官房機密第452番電:BZP前進基地に水陸両基地それぞれに      魚雷同時調整9本格納数54本実用頭部格納54個宛ての装備及び   水陸両基地共用として九五式可搬発生装置1基の装備を占領後なるべく速やかに施行 17.03.16:官房機密第476番電:第八潜水艦基地隊に   六年式及び九二式魚雷各同時に調整12本格納120本実用頭部格納各120本可能装備を      5月末日迄なるべく速やかに施行 17.03.17:南洋部隊電令作第137号:       松榮丸及び長浦は17日1200以後R方面防備部隊指揮官の指揮を受け引続き損傷艦船の修理及び       救難作業に従事すべし 17.03.17:ポナペ〜03.22ラバウル 17.04.01:ラバウル〜04.05トラック 17.05.04:第四艦隊機密第329番電:       松榮丸は速にトラック発ラバウルに回航すべし 17.05.--:トラック〜ラバウル 17.05.11:南洋部隊電令作第183号:      1.松榮丸を沖島救難隊に編入す、準備出来次第ラバウル発クインカロラに回航、        第十八戦隊司令艦の指揮を受け沖島救難に任ずべし      2.第八根據地隊司令官は松榮丸回航時驅潜艇二隻を派遣同艇長の指揮を承け護衛に任ぜしむべし        同驅潜艇は松榮丸クインカロラ到着時護衛の任を解く 17.05.--:ラバウル〜 17.05.12:敷設艦沖島」救難作業中
17.05.12:沈没 17.05.25:除籍:内令第934号 17.05.25:解傭
喪失場所:S04.51-E152.54 セントジョージ岬の197度5浬附近 喪失原因:米潜水艦S-44(SS-155)の雷撃、左舷に2発被雷

同型船

 松安丸

兵装

 要調査

写真資料

 雑誌「海運」日本海運集会所出版部 昭和13年2月号、昭和13年4月号
 雑誌「海と空」臨時増刊「日本船舶画報2600年版」S15.04 海と空社(P.41)
 雑誌「世界の艦船」海人社 2013年07月号「思い出の日本貨物船その203」
 「船舶百年史」有明書房 S32.09 上野喜一郎 (P.134)
 「船舶史稿」船舶部会「横浜」第二十二巻(P.72)
 "ONI 208-J Japanese Merchant Ships Recognition Manual" (P.195)
 "ONI 208-J (Revised) Japanese Merchant Ships Recognition Manual (1944)" (P.206)

備考

 本船喪失場所につきましては「戦時船舶史」により長らく「S04.51-E152.54 ニューアイルランド島セントジョージ岬北東10km付近」としていましたが「第三利丸」からの1640の報告では「セントジョージ岬の南44度西9浬」、1645の第四艦隊機密第511番電では「セントジョージ岬の197度5浬」となっており、また米軍側の記録でも"15 miles southwest of Cape St. George, 05°06'S, 152°30'E "とあることから「セントジョージ岬北東」ということはあり得ないため、緯度経度については米軍側記録、おおよその位置については第四艦隊機密第511番電の記録に依ることにしました。


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