尊條丸の船歴

 年 月 日:船歴

M20.05.--:起工 M20.11.26:進水、命名:專條(Chuen Tiao) M21.02.10:竣工、船主:厦門海關
10.05.10:漁船「第一寶生丸」を銃撃、臨検 10.05.30:戎克を曳航中、驅逐艦「島風」「夕風」により停船を命じられる --.--.--:船主:香港海關 18.06.04:香港で引揚、「尊條丸」と改名 18.08.15:入籍:内令第1667号:特設救難船、佐世保鎮守府所管
18.08.15:戦時編制:海軍省配属第十一特別工作部附属 18.10.31:第二海軍工作部にて整備工事完了 19.03.09:香港〜「豊國丸」救助に向う〜      〜03.10 1930「豊國丸」捜索中止、香港に向う〜      〜03.11香港 19.05.20:香港〜      〜05.22 早朝 「筑波丸」に横付け救難作業開始〜      〜05.22 ---- 排水喞筒作動不具合、日没につき横付け離す〜      〜05.22 1945 砲艦橋立」、「筑波丸」雷撃を受け沈没〜      〜05.22 2002 (N21.08-E117.20) 雷撃を受けるが被害なし〜      〜高雄 19.--.--:高雄〜香港 19.06.20:出渠      〜07.28 香港向け航行中対空戦闘〜 19.08.01:(現在)指揮官:海軍大尉 池田 晴敏 19.08.01:九三式十三粍機銃を一般徴傭船東榮丸」へ転載 19.08.02:第十一特別工作部沖より修理の為、第二海軍工作部突堤外側に曳航、横付け 19.08.10:対空戦闘:毘式七粍七機銃普通弾薬包48個消耗 19.08.17:第二海軍工作部突堤外側より第十八番浮標に繋留替え 19.08.17:第十八番浮標より第二海軍工作部繋船池東岸壁に繋留替え 19.08.17:需品搭載 19.08.19:石炭搭載 19.08.19:毘式七粍七機銃2基、同普通弾薬包5,000個、同曳踉弾薬包1,000個を二遣司から借用 19.08.19:修理完了〜第十一特別工作部沖 19.08.20:第二海軍工作部から内火艇一隻を借用して搭載 19.08.21:石炭搭載 19.08.24:救難要具搭載 19.08.05:作業員15名乗船 19.08.25:香港〜08.27楡林08.28〜08.28三亞 19.08.28:驅逐艦「朝風」救難作業 19.09.03:清水搭載 19.09.07:清水搭載 19.09.09:石炭搭載 19.09.09:三亞〜09.09楡林09.11〜09.11三亞 19.09.12:清水搭載 19.09.13:驅逐艦「朝風」引出曳航作業開始 19.09.17:清水搭載 19.09.20:三亞〜09.20楡林09.22〜09.22三亞 19.09.23:清水搭載 19.09.25:驅逐艦「朝風」引出作業成功、曳航 19.09.25:三亞〜09.25楡林 19.09.27:清水搭載 19.09.28:石炭搭載 19.09.28:楡林〜09.28三亞 19.09.30:三亞〜09.30楡林 19.10.21:第十一特別工作部前より第二工作部繋船池外岸壁に繋留替え 19.10.24:第二工作部繋船池北岸に繋留替え 19.12.--:(現在)信号符字:JPET 19.12.19:呂宗海峡部隊電令作第56号:      1.第四十一號掃海艇第二昭和丸鮎川丸第百九十一號驅潜特務艇はタマ三六B船団(尊條丸        カミグイン島行、白河丸、東萊丸、第十一日寶丸、第三近油丸以上マニラ行)をラオアグ附近迄        護衛、帰途尊條丸を高雄迄護衛すべし      2.第四十一號掃海艇長は尊條丸カミグイン島にて作業中適宜警戒艇を附すべし      3.第三十九號掃海艇は準備出来次第出港、カラヤン島遭難者(約230名)収容帰投すべし      4.第四十一號掃海艇、白河丸、東萊丸往航途路航空燃料(計140本)をバスコに陸揚すべし 19.12.22:(タマ36B船団)左営〜南湾12.23〜12.24バスコ12.24〜12.24カミギン島 19.12.27:呂宗海峡部隊電令作第3号:      1.紀洋丸高知丸は準備出来次第出港、カミギン島にて作業終了の尊條丸を護衛、帰投すべし      2.第四十一號掃海艇及第百九十一號驅潜特務艇は掃41機密第262130番電通り高雄に帰投すべし 20.01.16:(タキ07船団)左営〜01.19基隆 20.02.01:清水搭載 20.02.02:左営〜      〜02.03 救難現場に到着、曳航準備作業中「南隆丸」は空爆を受け沈没〜      〜02.03 乗員18名を救助〜      〜02.03左営 20.02.04:左営〜機雷原に浮標設置〜02.04左営 20.02.07:生糧品搭載 20.02.08:貯糧品搭載 20.02.09:清水搭載 20.02.11:清水搭載 20.02.12:生糧品搭載 20.02.16:生糧品搭載 20.02.17:石炭搭載 20.02.18:生糧品搭載 20.02.19:左営〜      〜02.19 敷設特務艇圓島」遭難現場着、曳航不能〜      〜02.19左営 20.02.21:生糧品搭載 20.02.21:左営〜      〜02.21 敷設特務艇「圓島」曳航〜      〜02.22左営 20.02.24:生糧品搭載 20.02.25:清水搭載 20.02.27:生糧品、需品消耗品搭載 20.02.27:官房軍機密第199号:特設救難船の指揮に関する件訓令       自今当分の間海軍省配属の特設救難船は救難に関し船舶救難本部の指揮を受けしむ 20.03.20:九五式二十五粍単装機銃1基を前部に設置 20.03.26:九五式爆雷2個還納 20.04.01:毘式七粍七単装機銃2基を高雄港務部へ預入 20.04.03:左営〜04.04馬公(D2浮標) 20.04.04:対空戦闘: 20.04.04:馬公〜      〜04.05 厦門港口で対空戦闘:被弾20数発〜      〜04.05厦門 20.04.08:厦門〜      〜04.10 温洲沖にて対空戦闘:被弾100数10発〜      〜04.11舟山島 20.04.13:便乗者10名乗船 20.04.13:舟山島〜04.14泗礁山04.15〜      〜04.15 濃霧の為、揚子江下流で待機〜      〜04.17 抜錨〜上海向け航行
20.04.17:沈没 20.05.25:除籍:内令第471号
喪失場所:呉淞突堤灯台より18km付近 喪失原因:右舷機械室に触雷

同型船

 なし

兵装

(19.08.01現在)
 毘式七粍七単装機銃1基(借用装備)、
 その他出港直前に十三粍単装機銃1基を臨時借用装備し任務終了後返却

 (19.08.25)
 毘式七粍七単装機銃1基(借用装備)、
 毘式七粍七単装機銃2基、爆雷4個(臨時借用装備)

 (20.02.01現在)
 九二式七粍七単装機銃1基(固有装備)、
 九三式十三粍単装機銃1基、毘式七粍七単装機銃2基、 九二式七粍七単装機銃1基(借用装備)

 (20.03.20)
 九五式二十五粍単装機銃1基、九二式七粍七単装機銃1基(固有装備)、
 九三式十三粍単装機銃1基、毘式七粍七単装機銃2基、 九二式七粍七単装機銃1基(借用装備)

(20.04.01)
 九五式二十五粍単装機銃1基、九二式七粍七単装機銃1基(固有装備)、
 九三式十三粍単装機銃1基、九二式七粍七単装機銃1基(借用装備)

写真資料

 "ONI 208-J Supplement No.2 (March 1945) Far-Eastern Small Craft"
 "TYNE BUILT SHIPS"

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