新勢丸の船歴

 年 月 日:船歴

08.10.27:起工 09.02.15:進水、命名:新勢丸 09.03.17:竣工
09.03.--:新規登録:所有者:保證責任燒津信用販賣購買利用組合、           登録総噸数:131、登録純噸数:46、登録長:27.1 12.--.--:変更登録:登録総噸数:148、登録純噸数:57、登録長:30.1 14.04.15:靜岡縣庵原郡袖師村東海造船株式會社にて定期検査
16.09.15:徴傭:一般徴傭船 16.12.01:軍隊区分:機密南支部隊命令第18号:広東方面部隊附属 16.12.07:南朋島南西27kmにて"Islas Visayas"を停船させる 16.12.08:0300頃 南朋島東南約10km付近にて"Islas Visayas"を臨検〜12.08南朋島 16.12.26:軍隊区分:香港方面部隊附属 17.02.15:軍隊区分:機密南支部隊命令第5号:香港方面部隊附属 17.03.06:北海附近陸上の敵と交戦、載貨戎克2隻拿捕 17.03.23:軍隊区分:南支部隊より除く
17.05.01:入籍:内令第779号:特設監視艇、横須賀鎮守府所管 17.05.10:特設監視艇隊編制:内令第821号:第一監視艇隊 17.05.10:戦時編制:聯合艦隊第五艦隊附属第一監視艇隊 17.05.22:官房機密第657番電:兵器供給:九二式七粍七単装機銃A型(三脚架附)、      仮称40瓩発煙筺5個以内、発煙浮筺用筺嚢3個以内、      九五式爆雷(九五式爆雷改二)完備4個以内、落下傘一型爆雷と同数、      仮装投下台を装備 17.06.--:軍隊区分:北方部隊哨戒部隊第一哨戒隊第七小隊(171) 17.06.05:九二式七粍七単装機銃1基搭載 17.06.07:監視艇長:海軍兵曹長 瀧本 義雄 17.06.07:横須賀〜      〜06.13 1600 着哨〜      〜06.17 0000 「カ」「コ」(東経151度)哨戒線に移動〜      〜06.22 1200 撤哨〜      〜06.26横須賀 17.06.18:軍務局機密第715番電:次を逐次実施予定      1.速力6節以上のものに対しては落下傘付爆雷4個以内、仮装投下台2個装備      2.機銃1基装備、小銃5挺供給      3.発煙筺又は発煙浮筺5個以内供給      4.七倍双眼望遠鏡供給      5.商船式救命袋供給 17.07.05:横須賀〜      〜07.09 0600 着哨〜      〜07.15 特設砲艦昌榮丸」と会合〜      〜07.--横須賀 17.08.--:軍隊区分:北方部隊哨戒部隊第一哨戒隊第一小隊(114) 17.08.05:横須賀〜      〜08.08 1200 「タ一」「レ一」線配備完了〜      〜08.08 1800 「タ」「レ」哨戒線に移動〜      〜08.08 2200 反転、「タ一」「レ一」哨戒線に戻る〜      〜08.12 東方に進行しつつ不時着敵水上機捜索〜      〜08.12 1700 反転、分哨に復帰〜      〜08.15 1200 「タ二」「レ二」哨戒線に移動〜      〜08.17 撤哨〜      〜08.20横須賀 17.08.31:横須賀〜      〜09.03 1400 着哨〜      〜09.04 1800 「タ」「レ」哨戒線に移動〜      〜09.20横須賀 17.09.28:横須賀〜      〜10.-- 着哨(N33.40-E150.00)〜      〜10.09 1100(N35-55-E149.40)機関室後部附近に破孔を生じる、航行に支障なし〜      〜10.09 撤哨〜      〜10.13釧路 17.10.15:釧路〜10.19横須賀 17.10.28:横須賀〜10.28浦賀 17.10.28:浦賀船渠株式會社にて入渠 17.11.02:出渠 17.11.02:浦賀〜11.02横須賀 17.11.16:六糎砲1門搭載 17.11.18:横須賀〜      〜12.01 1200 撤哨〜      〜12.04横須賀 17.11.25:戦時編制:聯合艦隊第五艦隊第二十二戦隊第一監視艇隊 17.12.21:横須賀〜教練射撃〜12.22横須賀 18.01.05:横須賀〜      〜01.05 2200 特設監視艇第一日東丸」を曳航して横須賀に向う〜      〜01.06横須賀 18.01.08:横須賀〜      〜01.14 着哨〜      〜01.18 撤哨〜      〜01.23横須賀 18.02.08:横須賀〜      〜02.10 1200 着哨〜      〜02.21 1200 撤哨〜      〜02.24横須賀 18.03.09:横須賀〜      〜03.13 着哨(N33.00-E152.00)〜      〜03.20 1105(N32.50-E151.58)敵潜水艦と遭遇〜      〜03.20 1112 敵潜水艦より砲撃を受ける〜      〜03.20 1118 初弾発砲、約10分で全弾20発発射、七粍七機銃をもって突撃敢行〜         (計:六糎砲23発(内演習弾3発)、七粍七機銃828発、三八式小銃230発)       〜03.20 1145 爆雷二発威嚇投下〜      〜03.20 1305 敵潜水艦潜航〜      〜03.20 1400 特設砲艦~津丸」と合同、死傷者移乗〜      〜03.21 特設監視艇第五h鼕ロ」に護衛され帰途に就く〜      〜03.--横須賀 18.03.25:横須賀海軍工廠にて入渠 18.05.--:監視艇長:海軍兵曹長 小林 吉松 18.05.12:横須賀〜 18.05.12:哨戒部隊電令作第100号:速やかに「ユ」哨戒線(152度線)に進出      〜「ユ」哨戒線「ソ」(N38.40-E152.00)〜      〜05.16 1055 特設砲艦浮島丸」と会合〜      〜05.17 1510 特設砲艦「浮島丸」と会合〜 18.05.17:哨戒部隊電令作第101号:直ちに撤哨、速に釧路に回航、北方進出準備を完成待機      〜05.17 撤哨〜      〜05.20釧路 18.05.23:哨戒部隊電令作第103号:準備出来次第、速やかに幌筵に進出 18.05.24:釧路〜05.30幌筵 18.06.01:軍隊区分:機密北方部隊哨戒部隊命令作第14号:洋上哨戒隊第三小隊 18.06.05:幌筵〜南口哨戒〜06.06幌筵 18.06.11:幌筵〜南口哨戒〜06.12幌筵 18.06.16:幌筵〜      〜06.19 着哨(F3)〜      〜06.30 撤哨〜      〜07.03幌筵 18.07.18:軍隊区分:機密北方部隊哨戒部隊命令作第18号:東方洋上哨戒隊第一直哨戒隊乙直 18.07.20:幌筵〜釧路〜      〜08.03 1824 特設砲艦「浮島丸」と会合〜      〜08.19横須賀 18.08.05:軍隊区分:第二基地航空部隊電令作第24号:第二基地航空部隊哨戒部隊第一哨戒隊 18.08.20:横須賀〜08.20横浜 18.08.12:東海遠洋漁業株式會社と保證責任燒津信用販賣購買利用組合は合併し昭和漁業株式會社を設立 18.3Q :変更登録:所有者:昭和漁業株式會社 18.08.23:横浜〜08.23横須賀 18.09.--:軍隊区分:第一直哨戒隊乙直 18.09.03:横須賀〜09.24横浜 18.09.30:横浜〜横浜 18.10.08:横浜〜清水 18.10.09:東海造船所にて修理開始 18.11.01:上架 18.11.14:下架 18.12.07:修理完成 18.12.07:清水〜12.08横須賀 18.12.14:生糧品搭載 18.12.15:横浜〜      〜12.20 着哨(155度線)〜      〜12.24 1547 特設砲艦「浮島丸」と会合〜      〜12.27 151度線に移動〜      〜12.29 着哨(151度線)〜      〜12.31 0955 特設砲艦「浮島丸」と会合〜      〜01.02 1000 撤哨〜      〜01.07横浜 19.01.22:横浜〜      〜01.27 着哨(156度線)〜      〜01.31 1100 特設砲艦「浮島丸」と会合〜      〜02.04 特設監視艇に護衛され帰投〜      〜02.10横浜 19.02.21:戦時編制:聯合艦隊北東方面艦隊第二十二戦隊第一監視艇隊 19.02.21:氷搭載 19.02.22:生糧品搭載 19.02.24:横浜〜      〜着哨(150度線)〜      〜03.03 特設監視艇勝榮丸」を護衛し横浜に向う〜      〜03.09横浜 19.03.15:監視艇長:海軍少尉 小林 吉松 19.03.29:横浜〜      〜「ヘ」線(155度線)着哨〜      〜04.03 1035 特設砲艦「浮島丸」と会合〜      〜「ニ」線(157度線)着哨〜      〜04.10 0600 「ト」線に移動〜      〜04.13 撤哨〜      〜04.18横浜 19.05.02:横浜〜      〜05.10 1100 特設砲艦「浮島丸」と会合〜      〜05.11 0600 「ヘ」線より「ハ」線へ哨区移動〜      〜05.12 0453 特設砲艦「浮島丸」と会合〜      〜05.19 撤哨〜      〜05.25横浜 19.06.06:横浜〜      〜06.13 1506 特設砲艦「浮島丸」と会合〜      〜06.28横浜 19.07.04:横浜〜空襲警報発令により内港浮標に疎開〜07.06横浜(桟橋) 19.07.14:横浜〜      〜07.20 152度線〜      〜07.21 1606 特設砲艦「浮島丸」と会合〜      〜07.23 154度線〜      〜07.25 0750 特設砲艦「浮島丸」と会合〜      〜07.26 153度線〜      〜07.26 1110 特設砲艦「浮島丸」と会合〜      〜横浜 19.08.01:戦時編制:聯合艦隊第二十二戦隊第一監視艇隊 19.08.01:軍隊区分:第七基地航空部隊第一哨戒部隊第一直哨戒隊 19.08.13:三菱重工業株式會社横浜造船所にて      九三式十三粍単装機銃1基、九六式二十五粍単装機銃2基新設工事(08.16まで) 19.08.18:横浜〜      〜09.07横浜 19.09.15:淺野ドックにて兵員寝台増備(09.19まで) 19.09.--:電波探信儀新設 19.09.25:軍隊区分:第七基地航空部隊第二哨戒部隊 19.09.25:横浜〜      〜10.08 台風被害〜      〜10.14横浜 19.--.--:軍隊区分:第七基地航空部隊第一哨戒部隊第一直哨戒隊 19.10.22:横浜重工業株式會社にて二十五粍機銃台手摺、船橋窓等修理(10.29まで) 19.10.--:電波探信儀、十三粍機銃1基新設 19.10.31:横浜〜      〜11.13横浜 19.11.22:横浜重工業株式會社にて船底塗替、艦橋操舵機、甲板填隙、外舷修理(01.10まで) 20.01.01:軍隊区分:哨戒部隊第一直哨戒隊 20.01.11:横浜〜      〜C二分哨〜      〜01.24横浜 20.02.11:横浜〜      〜交戦、損傷〜      〜02.20横浜(山下桟橋) 20.02.--:軍隊区分:第七小隊(172) 20.03.26:横浜〜      〜03.26 1320 (N30.10-E138.30)B-24 1機発見、対空戦闘〜      〜03.26 1359 打方始め〜           二十五粍機銃105、十三粍機銃140、短六糎砲15発発射〜      〜03.26 1410 打方止め〜      〜03.27 南哨区着〜      〜04.07 0830 (N30.00-E138.30)B-29 24機発見、対空戦闘〜      〜04.07 0840 打方始め〜           二十五粍機銃45、十三粍機銃46発発射〜      〜04.07 0843 打方止め〜      〜04.08 1330 (N31.00-E138.30)B-29 1機発見、対空戦闘〜      〜04.08 1340 打方始め〜           二十五粍機銃60、十三粍機銃16、短六糎砲5発発射〜      〜04.08 1400 打方止め〜      〜横浜 20.08.10:特設監視艇隊編制:内令第729号:特設監視艇隊編制を廃止
20.08.10:除籍:内令第730号 20.08.10:解傭 20.08.15:残存

同型船

 なし。

兵装

(開戦時)
 なし。

(17.06.05)
 九二式七粍七単装機銃1基、三八式小銃5挺、拳銃2丁、九五式爆雷改二4個。

(17.11.16)
 山内式六糎砲1門、
 九二式七粍七単装機銃1基、三八式小銃5挺、拳銃2丁、九五式爆雷改二4個。

(19.08.16)
 山内式六糎砲1門、九六式二十五粍単装機銃2基、九三式十三粍単装機銃1基、
 九二式七粍七単装機銃1基、三八式小銃5挺、拳銃2丁、九五式爆雷改二4個。

(19.09.--)
 山内式六糎砲1門、九六式二十五粍単装機銃2基、九三式十三粍単装機銃1基、
 九二式七粍七単装機銃1基、三八式小銃5挺、拳銃2丁、九五式爆雷改二4個、
 電波探信儀1基。

(19.10.--)
 山内式六糎砲1門、九六式二十五粍単装機銃2基、九三式十三粍単装機銃2基、
 三八式小銃5挺、拳銃2丁、九五式爆雷改二4個、
 電波探信儀1基。

* 七粍七単装機銃撤去の記録はありませんが昭和20年4月の対空戦闘で1発も発射していないことから
  撤去されていると思われます。

写真資料

 「汽船表(別冊冩眞帳)」S13 海軍省軍務局編
 雑誌「丸スペシャル」潮書房 No.53「日本の小艦艇」(P.63)
 雑誌「丸Graphic Quarterly」潮書房 No.20 「写真集 日本の小艦艇(続)」(P.143)
 「写真日本海軍全艦艇史」 潟xストセラーズ H06.12 福井静夫 (3016)

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