鴨緑丸の船歴

 年 月 日:船歴

11.12.05:起工 12.04.27:進水、命名:鴨緑丸 12.09.30:竣工、登録純噸数:3,881
14.--.--:登録純噸数:4,070に変更 --.--.--:徴傭:船舶運營會 18.07.05:第1次海軍指定船 18.10.--:米、郵便物其の他2,270t、船客993名搭載 18.10.24:(マ08船団)基隆〜      〜10.27 1225(N28.25-E127.58)米潜水艦"Shad"(SS-235)及"Grayback"(SS-208)の攻撃に依り             左檣下附近に被雷(不発)、附近海面を八糎砲で砲撃11発〜      〜10.28門司 18.10.--:門司〜神戸〜門司 18.11.10:(サ17船団)門司〜      〜11.11 0030 佐世保発の特設運送艦旭東丸」、特設運送船興川丸」が船団に加入〜      〜11.13 1030 船団より分離〜      〜11.13基隆 18.12.--:船客910名、砂糖及雑貨2,587t、郵便物3,918個搭載 18.12.16:(第227船団)基隆〜      〜12.18 2120(N26.30-E128.17)「玉嶺丸」被雷〜      〜12.22門司 19.02.29:海軍配當船?(-- 徴傭船舶行動概見表) 19.02.29:門司〜03.01神戸 19.03.--:兵器搭載 19.03.16:神戸〜03.17門司 19.03.--:人員搭載 19.03.18:門司〜03.23基隆 19.04.04:基隆〜04.08門司 19.04.09:門司〜04.10神戸 19.04.15:神戸〜04.18新潟 19.04.20:新潟〜04.22羅津 19.04.24:羅津〜04.25新潟 19.04.28:新潟〜04.30羅津 19.05.02:羅津〜05.03新潟 19.05.07:新潟〜05.08羅津 19.05.10:羅津〜05.12新潟 19.05.14:新潟〜05.16羅津 19.05.18:羅津〜05.20新潟 19.05.22:新潟〜05.24羅津 19.05.26:羅津〜05.27新潟 19.05.30:新潟〜06.01羅津 19.06.02:羅津〜06.04新潟 19.06.07:新潟〜06.09羅津 19.06.10:羅津〜06.12新潟 19.06.15:新潟〜06.17羅津 19.06.18:羅津〜06.20新潟 19.06.23:新潟〜06.25羅津 19.06.26:羅津〜06.28新潟 19.07.02:新潟〜07.04羅津 19.07.06:羅津〜07.07新潟 19.07.09:新潟〜07.12神戸
19.07.22:臨時配當船:第一次AC船 19.07.22:神戸〜07.23門司 19.08.07:兵員搭載 19.08.07:門司〜08.07六連 19.08.08:六連〜08.08伊万里 19.08.10:(ヒ71船団)伊万里〜08.15馬公 19.08.17:馬公〜08.18基隆 19.08.19:臨時配當船として運航終了
19.09.01:(マモ02船団)基隆〜09.04六連 19.09.05:六連〜09.06神戸
19.09.11:臨時配當船:第一次AC船 19.09.12:神戸〜09.12大阪 19.09.14:大阪〜09.15門司 19.09.30:門司〜09.30六連 19.10.01:(ヒ77船団)門司〜10.01有川湾10.02〜      〜10.04 ---- 敵機と交戦〜      〜10.05 ---- 船団から分離〜      〜10.05基隆 19.10.08:臨時配當船として運航終了
19.10.12:---- 敵機と交戦 19.10.13:---- 敵機と交戦 19.10.22:基隆〜10.28大阪 19.10.--:入渠
19.11.14:臨時配當船:第一次AC船 19.11.16:大阪〜11.17宇品 19.11.18:宇品〜11.19門司 19.11.20:釜山〜11.20門司 19.11.25:(ヒ83船団)門司〜11.30高雄 19.12.05:(タマ35船団)高雄〜12.12マニラ 19.12.--:遺骨1,030柱、便乗者及捕虜3,708名乗船 19.12.14:マニラ〜      〜12.14 0805 スービック湾スエステポイント灯台附近にて 敵グラマン6機と交戦〜      〜12.14 0910 敵グラマン10機と交戦、至近弾により右舷石炭庫外鈑に破孔を生じ同時に火災発生〜      〜12.14 0925 敵5機と交戦〜      〜12.14 0935 敵16機と交戦〜      〜12.14 1015 敵13機と交戦、直撃弾2発、火災発生、のち消火〜      〜12.14 1020 スービック湾スエステポイント灯台下に任意擱坐〜      〜12.14 1115 敵12機と交戦、三番艙に爆弾命中、大火災、のち消火〜      〜12.14 1330 敵10機と交戦、船橋に爆弾命中、火災発生〜      〜12.14 1425 敵8機と交戦、一、二等客室に爆弾命中、大火災、のち下火〜      〜12.14 1550 敵8機と交戦〜      〜12.14 1630 敵12機と交戦、船体多数破損〜      〜12.14 1740 機関応急修理完了、高潮を利用し自力浮揚〜      〜12.14 2150 オロンガポ港に投錨 19.12.14:2150 婦女子、負傷者及遺骨、便乗者揚陸開始 19.12.15:0530 婦女子、負傷者及遺骨、便乗者揚陸終了      ---- 元米海軍鎮守府前に回航、浸水甚大により機関使用不能となり陸岸より南方150mにて投錨      0802 敵グラマン12機と交戦、四番艙及後砲台左舷に直撃弾、火災発生      0830 敵12機と交戦、火災拡大      0840 捕虜の揚陸を開始      0900 退船命令      0930 敵6機と交戦、全弾消耗      1615 沈没
19.12.16:沈没 --.--.--:解傭
喪失場所:N.-E. オロンガポ港(カイマン礁の30度900m) 喪失原因:米第38機動部隊艦載機による空爆

同型船

 K龍丸

兵装

 戦車砲、爆雷4個。

(S19.12)
 四十口径安式八糎砲1門、九六式二十五粍単装機銃2基、九三式十三粍単装機銃6基、二式爆雷10個。

写真資料

 雑誌「海運」日本海運集会所出版部 昭和12年10月号
 雑誌「海と空」臨時増刊「日本船舶画報2600年版」S15.04 海と空社(P.57)
 雑誌「船の科学」船舶技術協会 1980年10月号「日本商船隊の懐古 No. 16」山田早苗
 雑誌「世界の艦船」海人社 2006年10月号「回想の日本客船その113」
 雑誌「世界の艦船」海人社 別冊「日本の客船(1)」(P.139)
 雑誌「世界の艦船」海人社 別冊「日本客船の黄金時代1939〜41」(P.74-75)
 「船舶百年史前篇」有明書房 S32.09 上野喜一郎(P.119)
 「商船建造の歩み」 S34.08 三菱造船株式会社(P.92)
 「商船三井船隊史」 H21.04 野間恒(P.104)
 「商船三井 船舶史 1884-2010」 H22.12 木津重俊
 "Naval History and Heritage Command" Catalog #: NH 95603

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