八紘丸の船歴

 年 月 日:船歴

15.09.02:起工 15.12.--:進水、命名:八紘丸 16.03.--:竣工
--.--.--:
16.09.12:徴傭 16.09.18:山西造船所にて整備(10.15まで) 16.09.20:入籍:内令第1093号:特設監視艇、横須賀鎮守府所管
16.10.15:内令第1253号:第三防備隊所属 17.04.10:内令第658号:第三特別根據地隊所属 17.06.15:内令第1051号:第四十三警備隊所属 17.11.20:内令第2141号:呉鎮守府所管に変更 18.02.--:軍隊区分:パラオ警備部隊 18.06.11:パラオ〜      〜06.11 1507 陸軍徴傭船ぜのあ丸」遭難現場着〜      〜06.11 1530 「第四十六號哨戒艇」が陸軍徴傭船「ぜのあ丸」の曳航を中止〜       〜06.11 1730 「第四十六號哨戒艇」が陸軍徴傭船「ぜのあ丸」の曳航を開始〜      〜06.11 1814 「第四十六號哨戒艇」が陸軍徴傭船「ぜのあ丸」の曳航を中止〜      〜06.11 1827 「第四十六號哨戒艇」から陸軍徴傭船「ぜのあ丸」船員が乗船〜      〜06.11 1851(N07.23-E134.28)陸軍徴傭船 「ぜのあ丸」沈没〜      〜パラオ 18.07.--:軍隊区分:機密カロリン方面防備部隊命令作第22号:パラオ方面警備部隊 18.12.--:パラオ〜01.03パラオ 19.01.01:(現在)監視艇長:海軍少尉 篠田 利通 19.01.05:(「空知丸」護衛)パラオ〜アンガウル〜01.07パラオ
19.01.10:内令第77号:第三十特別根據地隊所属 19.01.10:戦時編制:聯合艦隊第四艦隊第三十特別根據地隊 19.01.11:パラオ〜01.14パラオ 19.01.17:パラオ〜01.20パラオ 19.01.23:パラオ〜01.26パラオ
19.03.01:内令第392号:第三十根據地隊所属 19.03.01:戦時編制:聯合艦隊中部太平洋方面艦隊第三十根據地隊 19.03.28:〜03.29哨区 19.03.29:対空戦闘:〜 19.03.30:1325 対空戦闘:      1327 爆雷投棄      1328 打方始め、銃爆撃を受ける   2240 パラオ着      2300 草木により船体擬装 19.03.31:0633 対空戦闘:      0700 打方始め      0925 機銃掃射を受ける 19.05.13:〜05.15ヘレン礁 19.05.15:航空機繋留浮標8個設置、航空燃料分散及び隠蔽 19.05.18:1035 対空戦闘      1037 爆雷海中投棄      1052 打方始め、銃爆撃を受ける      1110 打方止め 19.05.20:爆雷揚収 19.05.20:ヘレン礁〜05.20トコベイ〜05.21ヘレン礁 19.05.21:1030 対空戦闘      1032 爆雷海中投棄      1048 打方始め、銃爆撃を受ける      1056 座礁      1125 打方止め 19.05.22:0530 離礁      1941 ヘレン島付近に転錨 19.05.23:1046 ヘレン島〜      1127 対空戦闘      1129 打方始め、銃爆撃を受ける      1135 打方止め      1700 トコベイ着 19.08.30:西カロリン方面防備部隊信電令作第46号:準備出来次第出撃ダバオ経由マニラ回航 19.08.31:パラオ〜 19.10.13:特設驅潜艇第十一昭南丸」を曳航      コレヒドール島対岸Real Pt沖〜10.13キャビテ 19.10.18:「第二十一號驅潜艇」「第百四號哨戒艇」とともに対潜掃蕩      〜マニラ 
19.12.16:沈没 --.--.--:引揚 --.--.--:マニラ湾口の閉塞に使用 20.02.10:除籍:内令第122号 20.02.10:解傭
喪失場所:N.-E. ルソン島スービック湾 喪失原因:米第38機動部隊艦載機による空爆

同型船

 第一吉祥丸第一~丸

兵装

 七粍七単装機銃、爆雷4個

写真資料

 なし

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