北嶺丸の船歴

 年 月 日:船歴

T12.11.10:起工 T13.06.30:進水、命名:北嶺丸 T13.07.31:竣工、船主:近海郵船株式會社、登録総噸数:2,085、登録純噸数:1,249
08.--.--:登録総噸数:2,084、登録純噸数:1,253 に変更 14.08.--:船主:東亞海運株式會社、      登録総噸数:2,407、登録純噸数:1,614 に変更
--.--.--:徴傭:船舶運營會 18.05.13:第1次海軍指定船 18.06.--:門司〜      〜06.27 1830(N35.30-E125.40)敵潜望鏡を発見し砲撃3発〜       〜塘沽 19.03.--:雑貨1,704t搭載 19.03.04:神戸〜03.10門司 19.03.12:門司〜03.16塘沽 19.03.--:雑貨1,481t搭載 19.03.20:塘沽〜03.25門司 19.03.--:雑貨1,110t搭載 19.03.29:門司〜04.01塘沽 19.04.--:雑貨1,296t搭載 19.04.20:塘沽〜04.24門司 19.04.--:雑貨1,449t搭載 19.05.15:門司〜05.18塘沽 19.05.--:雑貨1,200t搭載 19.06.06:塘沽〜06.10門司 19.07.17:門司〜07.19彦島 19.07.--:雑貨1,200t 19.07.27:彦島〜08.10塘沽
19.08.20:臨時配當船:第二次AC船 19.08.--:石炭550t、兵員1,614名搭載 19.08.13:塘沽〜08.22三池 19.08.27:(ミ17船団)三池〜09.01馬公 19.09.04:(ミ17船団)馬公〜      〜09.04 1630 敵潜らしきものを発見し爆雷投射2個〜      〜09.05 1440 味方機が敵潜発見、爆弾投下〜      〜09.05 1450 「第二十號掃海艇」が対潜掃蕩〜      〜09.05 1740 「第二十號掃海艇」が船団に合同〜      〜09.06 2332 アパリ港外に仮泊〜      〜09.07 0001 アパリ発〜      〜09.07 1034 「第二十號掃海艇」「第十七號掃海艇」「第四十一號驅潜艇」が船団から分離〜      〜09.07ラポック09.08〜09.08サンフェルナンド09.09〜09.09マシンロック09.10〜      〜09.13マニラ 19.09.14:マニラ〜09.22バターン半島東岸09.27〜09.27マニラ 19.10.--:人員282名、マニラ麻2,931t、コプラ230t搭載 19.10.03:(マタ28船団)マニラ〜10.04サンタクルーズ10.05〜10.05サンフェルナンド10.06〜      〜10.06ラポック 19.10.06:(マタ28船団)ラポック〜      〜10.06 1500(N17.30-E120.19)ビガン南西12km附近にて被雷〜      〜10.06 ---- 附近の陸岸に任意擱坐 19.10.18:1250 敵機と交戦、爆弾命中、大破炎上のため退船
19.10.18:大破炎上 --.--.--:解傭
喪失場所:N18.54-E121.51 喪失原因:米潜水艦Cabrilla(SS-288)の雷撃、のち米第38.2機動部隊艦載機による空爆

同型船

 南嶺丸

兵装

 ラ式三十七粍戦車砲1門、爆雷4個。

写真資料

 雑誌「海と空」臨時増刊「日本船舶画報」S12.06 海と空社 (P.50)
 雑誌「船の科学」船舶技術協会 1991年6月号「日本商船隊の懐古 No.143」山田早苗

前の船へ ← 臨時配當船(AC船) → 次の船へ

Homeへ戻る