平和丸の船歴

 年 月 日:船歴

08.08.21:起工 08.09.26:進水、命名:平和丸 08.10.30:竣工、船主:豊洋漁業株式會社、船籍港:神戸
09.08.18:船主:共同漁業株式會社に変更 11.--.--:船籍港:東京に変更 12.05.07:船主:日本水産株式會社に変更
16.11.13:徴傭 16.12.01:入籍:内令第1571号:特設監視艇、舞鶴鎮守府所管
16.12.07:艤装工事完了 16.12.10:内令第1632号:舞鶴海軍警備隊所属 16.12.10:戦時編制:舞鶴鎮守府部隊舞鶴海軍警備隊 18.03.31:船主:日本海洋漁業統制株式會社に変更 18.07.21:座礁中のところ引卸し成功 18.07.24:軍隊区分:機密舞鶴鎮守府命令作第53号:陸上防備部隊 18.09.15:軍隊区分:機密舞鶴鎮守府命令作第57号:陸上防備部隊 18.11.20:軍隊区分:機密舞鶴鎮守府命令作第66号:陸上防備部隊 18.12.08:軍隊区分:機密舞鶴鎮守府命令作第68号:陸上防備部隊 19.02.01:軍隊区分:機密舞鶴鎮守府命令作第77号:陸上防備部隊 19.03.10:内令第424号:舞鶴海軍警備隊から除く 19.03.10:内令第425号:横須賀鎮守府所管に変更
19.03.10:特設監視艇隊編制:内令第426号:第四監視艇隊 19.03.10:戦時編制:聯合艦隊北東方面艦隊第二十二戦隊第四監視艇隊 19.03.10:軍隊区分:第二基地航空部隊哨戒部隊 19.03.10:(現在)監視艇長:海軍兵曹長 細川 重太郎 19.03.22:第四監視艇隊麾下に入る 19.03.22:舞鶴〜04.01横浜04.02〜04.02横須賀 19.04.07:横須賀〜04.07横浜 19.04.09:十三粍機銃台1新設、空四無線電信機新設工事(04.20まで) 19.04.15:軍隊区分:2FBG命令作第9号:第二基地航空部隊第二哨戒部隊 19.04.26:横浜〜04.28女川04.29〜05.05幌筵 19.05.01:軍隊区分:第二哨戒部隊命令作第1号:C直哨戒隊第二小隊 19.05.01:艇番号433 19.06.11:幌筵〜甲哨戒線哨戒〜06.19幌筵 19.07.02:幌筵〜甲哨戒線哨戒〜07.09幌筵 19.07.10:軍隊区分:北東方面部隊第二哨戒部隊 19.07.14:幌筵〜第404船団護衛のため航路付近対潜掃蕩〜07.15幌筵 19.07.23:幌筵〜丙哨戒線哨戒〜07.30幌筵
19.08.01:戦時編制:聯合艦隊第二十二戦隊第四監視艇隊 19.08.01:軍隊区分:千防部隊電令作第105号:千島防備部隊哨戒部隊 19.08.23:千防信電令第69号:幌筵海峡北口及び阿頼度海峡付近対潜掃蕩 19.08.23:幌筵〜平田崎の0度線300度線間対潜掃蕩〜08.25幌筵 19.09.09:幌筵〜丙哨戒線哨戒〜      〜09.10(N50.10-E157.10)対空戦闘:艇長戦死     0911 敵機銃爆撃開始、左舷後方に1発落下〜          0912 機銃弾を受け敵機後檣に接触、墜落〜          0935 ゴムボートにて漂流中の敵搭乗員4名収容〜 19.10.04:片岡〜10.08厚岸10.09〜10.09釧路10.14〜10.16女川10.18〜10.20横浜 20.--.--:軍隊区分:乙哨戒部隊丙隊第二小隊 20.03.01:鹿児島〜西哨戒線哨戒〜      〜03.12 特設監視艇第二松生丸」乗員救助〜 20.05.18:0615(N30.45-E126.00)敵潜水艦発見〜対潜戦闘:爆雷攻撃〜      0755 敵潜水艦浮上、砲撃を受ける〜      0845 敵潜水艦を見失う〜      0920 距離約3000mに再び発見、二十五粍機銃射撃開始〜      1035 敵潜水艦を見失う〜 20.08.10:特設監視艇隊編制:内令第729号:特設監視艇隊編制を廃止
20.08.10:除籍:内令第730号 20.08.10:解傭 20.08.15:残存

同型船

 日本丸報國丸東洋丸

兵装

(19.04)
 十三粍機銃、七粍七単装機銃

写真資料

 「汽船表(別冊冩眞帳)」S13 海軍省軍務局編

備考

 昭和19年03月〜10月にかけて幌筵とあるのは基地のあった幌筵海峡に面した幌筵島烏川湾又は占守島片岡湾を指します。


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